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[ルポ・がん医療の現場] [2007 Winter]
DPCは医師自身が納得するため 合言葉は「説明できる医療」
手稲渓仁会病院(札幌市)

2007/12/20
日経メディカルCancer Review

写真1 手稲渓仁会病院。函館本線手稲駅から徒歩5分の距離にある

 DPCへの移行は何のためか? 医療費抑制の手段でしかないのか? 全国の医療機関にくすぶる不満と不信にクリニカルパスとDPCの分析で応える病院が今回紹介する手稲渓仁会病院だ。副院長の樫村暢一氏は、クリニカルパスもDPCも使うことが重要で、「使われてはならない」と力説する。(写真◎辻野正人)

 札幌市の北部に建つ手稲渓仁会病院――。病床数547床で、診療科数は23。典型的な郊外型の民間病院だが、1987年の開設以来、北米への派遣研修やヘリコプターを使った救急医療など、時代を先取りした経営で、知名度は全国区の病院といっていいだろう。2000年には電子カルテシステムとクリニカルパスの導入に踏み切り、04年には全国で62カ所選ばれたDPC試験施行病院の1つとなった。

 DPCとはDiagnosis Procedure Combinationの略で、「1日当たりの入院医療費の包括評価」のこと。共通の尺度としたベンチマーク分析により、医療の質と経済性に関するマネジメントが展開され、医療機関の経営に反映されるケースが増えている(関連記事38ページ)。医療費が包括化されることで、薬剤処方を含む治療法の選択に大きく影響を与えると考えられる。

 現在、DPC対象病院は年々増加し、全国360施設あり、一般病床の約20%を占める。いまやDPC導入は急性期病院であることの必要条件の1つということもできるだろう。しかし、一方で、DPCやクリニカルパスという言葉に拒否反応を抱く医療関係者も少なくないのではないか。「経営のことは二の次ですから」と言う公的病院の院長もいる。「がん患者の入院期間を短くして、再発が増えては仕方ない」でしょう」

 DPCとクリニカルパスをどのように捉えるか。「本格的なDPCの時代の到来」という掛け声ばかり聞こえてくる中で医療機関は、そして医療従事者がどのようにあるべきかを自問せざるを得ない状況に置かれていると言える。乾ききった雑巾をさらに絞るように、医療現場から医療費を削減するための道具であると考えるのか、それとも真にプロフェッショナルとしての仕事を高めていく方法に成り得るのか。

“DPC対応パス”では
医療の本質を見失う危険


 DPCとクリニカルパスに練達している医師の筆頭ともいえる、手稲渓仁会病院副院長で外科医でもある樫村暢一氏はこうした疑問に対して、「DPCもクリニカルパスも分析の手段。使う方の目的意識次第でどのようにも使えるし、どのような結論も出せる」と指摘する。例えば、医療の無駄を示すデータばかりを選んで、「ほらこんなに無駄ばかりある」という結論を出すことも可能だ。「だから、DPCもクリニカルパスも何のために使うかという目的意識が何よりも大切。経済性を追求するあまり、DPC対応のクルニカルパスを作成すると医療の本質を見失う危険がある」(樫村氏)。

 前述のようにDPCは医療の質と経済性をマネジメントするための手段である。一方のクリニカルパスは医療の工程表であり、標準化や効率化のために有用。そして「DPCのためのクリニカルパスであってはならない」と樫村氏は指摘する。DPCとクリニカルパスはセットで考えられることが多いが、本来はまったく別のもの。最も大きな違いはDPCが診療報酬の支払いに直結している点だ。DPC制度の中で利潤を上げるために、クリニカルパスを活用するというのでは、本末転倒というのが、樫村氏の考えだ。冒頭で紹介したように同病院ではクリニカルパスの導入が先行、DPCへの移行はクリニカルパス導入の4年後だ。「クリニカルパスで医療の効率化を進めていたことから、DPCに移行したときも、何の問題も生じなかった」と樫村氏は語った(図1)。

 「クリニカルパスは完成させるものではない」といつもの同氏の持論だ。医療の目的や医療水準に合わせて変化、成熟していく性質のものだ。換言するとパス自体を見直して行く作業が必要になる。そのときに、標準化されたデータに基づいて他施設との比較ができるDPCは都合が良い。つまり、DPCとクリニカルパスは相互に補完しあう関係にあるといえるだろう。

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