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[緊急報告][07 Winter]
東京地裁・混合診療違法判決 がん専門医はどう受け止めたか

2007/12/13
日経メディカルCancer Review

 11月7日、東京地裁が「混合診療の一律禁止は違法」との判断を下した。本誌は任意に選んだがん専門医50人にアンケート郵送方式により、この判決をどう思うか、また混合診療の問題一般についてどう思うか、意見を募集した。入稿前に寄せられた回答から、がん医療の現場の声を紹介する。

 裁判は、インターフェロンと活性化自己リンパ球移入療法による治療を受けたことを理由にインターフェロンの保険給付を受けることができなかった腎細胞がんの患者(60歳)が提訴したもの。薬事法的にも未承認であり、当然公的保険でカバーされていない活性化自己リンパ球移入療法を受けた。現行制度では、保険適用外の医療行為を一緒に受けると混合診療と判断され、保険が使えるはずの治療費まで適用されなくなり、全額自己負担となる。男性はインターフェロンによる治療も自費で受けなければならなくなり、損害を被ったとして、2006年3月に保険給付を受ける権利を求めて提訴した。

 「複数の医療行為は不可分」と従来の主張を行った厚生労働省に対して、判決は「健康保険法が個別の診療ごとに保険対象かどうかを判断する仕組み」とする前提に立ち、「混合診療が保険対象から排除されることを示す規定はなく、法の明文に反する解釈」とした。国は控訴の方針であり(11月26日現在)、この判決を契機にいっきょに混合診療が保険給付の対象となるわけではないが、原告ががん患者であり、治療費の上昇が問題となっているがん医療の現場では大きな関心を呼んでいることも事実。判決をがん医療の専門家たちはどう受け止めたのだろうか。そこで本誌では専門医50人を任意に選び、ミニ・アンケート調査を実施した。

リンパ球療法自体への懸念も

 今回の判決については、予想以上に多くの回答が「妥当な判決」としていたが、この判決をもとに混合診療の是非を論じる場合に注意しなければならないことは、「活性化自己リンパ球移入療法」という医学的な評価が定まっていない治療法が関係しているという点だ。今回の判決の是非と混合診療の是非は切り離して考えられるべきだろう。

 私立医大のある教授は、東京地裁の判断を誤った判断とし、その理由を「混合診療が認められていないわが国の状況で、世界的に標準となっている治療法が保険診療と認められず、患者に多大な自己負担を強いたり、治療をあきらめざるを得ない事例は臨床現場で多々認められる。しかしながら、本事例のように、原告の患者では有用であったと思われるが、広く安全性と有効性が十分に確立しているとは言い難い治療法をもって、国の健康保険法の解釈を誤りとする判決は、科学的・医学的に根拠のない治療法が混合診療として容認される危険性を孕んでいる」とした。

 「わからない」「誤った判断だと思う」とした回答の根拠も、インターフェロンのパートナーが活性化自己リンパ球移入療法であったところへのこだわりが大きかったようだ。千葉県がんセンター長の竜崇正氏は、「活性化自己リンパ球移入療法の有用性は証明されていない。医療として標準的でないものをやるのは個人の自由であるかもしれないが、標準療法を無視すれば国民皆保険を崩壊させることになる」と指摘した。

 神奈川県がんセンター消化器内科肝胆膵部長の大川伸一氏も今回の判決を懐疑的に捉えた一人だ。同氏は医学的に証明されていない治療が、保険医療の中に入り込むことを警戒する。「保険適応外の治療を容認する場合は臨床試験を行って有効性を確認して、保険適応とすべき」という意見だ。しかし、竜氏も大川氏も混合診療であることを理由に一律保険給付を認めない現状には反対していた。

 実は現時点での回答者のほとんどすべてが、医学的な根拠がない治療が野放図に医療現場に持ち込まれることを警戒しつつも、混合診療には一定の条件のもと認めるべきという考えを表明している。それでは、条件とは何か?

専門医への限定、安全性の確認

 浜松オンコロジーセンター院長の渡辺亨氏は、やはり活性リンパ球療法そのものには否定的な立場だが、今回の判決は正しい判断と考えている。理由は「現行の保険医療の取り決めは、何ら法的な根拠がないものであるから」と明快だ。全面的に混合診療を認めるべきという意見だが、しかしそれはどんな医師が行ってもいいというわけではなく、「専門医への解放にとどめるべき」としている。

 元防衛医科大学校医学部教授で現在、大木記念女性のための菊池がんクリニック(所沢市)の院長を務める菊池義公氏は、安全性の確立を条件として提案する。「活性自己リンパ球療法の効果の立証は十分ではないが、安全性については確認されている。腎細胞がんという難治がんなど有効な治療法が少ないがんに対して、患者さんが認められるならば、混合診療は認められるべき」と語る。

患者の意志の尊重

 慶應義塾大学病院包括先進医療センター教授の久保田哲郎氏は、混合診療を全面的に認めるべきとの見解を示す。同氏は、「混合診療が認められないことから並行輸入新薬の使用が困難になっている」ことを理由の1つに挙げた。なぜならば、そこに患者のニーズがあるからとの考えを示す。

 患者が置かれた状況の厳しさを指摘する声も目立った。ある大学の医学部長は匿名を条件に「混合診療の禁止は患者の意志を最大限に尊重して考えるべき。患者の較差を助長するという指摘もあるが、まず助けられる人を助けるのが医療であり、次いで万人を平等に助けるということでいいのではないか」と語った。別の医科大学の学長も「患者が望むことを最優先に考えるべきであり、混合診療の禁止を否定した今回の判決は正しい判断である」との見解を表明している。

がん難民発生の一因?

 前出の菊池氏は混合診療禁止の現行制度ががん難民を発生させている一因と主張する。「本来、医療とは患者の病気を診断、治療(予防)するために行うわけで、医学的根拠に基づき行う医療行為を現在の保険制度は縛り過ぎている。そのために医師が自分の良心に基づいて行う医療も行えず、現行の保険制度のもとでは、医師の自由裁量権はほとんどない。このため、保険で治療できない患者さんは大病院から放り出されがん難民となり、正当な医療行為を受けられない現状にある。このような状況から患者を救うためには、混合診療を認めるべき。欧米で認められ、有効性と安全性がはっきりしている未承認薬との併用を専門医に限ってでも認めてほしい」

 標準治療になっているいないに関わらず、患者の意志を尊重して混合診療を認めるべきと語るのは北海道がんセンター副院長の西尾正道氏。「まだ標準治療になっていない医療でも、自費で受けることを患者が納得しているのであれば、混合診療を認めるべき」としている。「診療行為についての正しい情報を患者に与えた上で、医師と患者が混合診療の可否を話し合うべきである。その際には、費用対効果の検討も必要であり、患者の死生観に立ち入った話し合いも不可欠である。遺伝子治療や分子標的治療薬の利用などがん医療が高額化していく中で、介護領域を含めた財源の検討が不可欠であり、混合診療は認めていかざるを得ないと思う」

解禁の条件の議論を深める必要

 都内の私立医大の教授も、混合診療は安全性と有効性が認められ、患者の利益が大きいと判断されるものに限るべきとする。「併用される未承認薬の治療や、承認薬の適応外使用について、実績がある研究グループによる多施設共同研究として、きちんとしたプロトコールスタディで行われるものについては、混合診療を認めるべきである。隣国の韓国では難治性がんに対して未承認薬を用いた治療研究が政府の支援を受けて国際的なグループスタディの中で行われている。日本人を含むアジアの患者に対する新規治療法のデータが、わが国ではなく韓国から世界に発せられ、国民に広く質の良い標準的な治療法を提供できる現行の保険制度を維持しつつ、医学的に優れた未承認の治療法を、混合診療の中で開発する制度を早急に作る必要がある」

 駿河台日本大学病院・消化器外科部長の藤井雅志氏は、より細かい条件を設けて考えていく必要があると強調する。「海外で承認されて国内未承認薬の場合、適応拡大の予定の有無、患者の数などに分けて考える必要がある」と指摘した上で、次のように述べる。「国家予算の問題、(関係する)企業の利益や不利益、安全性の担保、利益を受ける患者さんの較差の発生、成績公表、患者さんに不利益を与えた場合の補償問題などについて議論していく必要がある」

 今回の意見集約はまだ限られたものであり、医療現場の総意と言い切ることはできない。しかし、議論の必要性を少なからずの専門医が意識している実態をうかがい知ることができた。意見を寄せた専門家のほとんどが、医学的根拠があいまいな診療行為が医療現場に入り込む事態を警戒しつつも、「混合診療になるから」と問答無用に保険対象外となる現状に対する不満や問題意識を抱いていた。今後、現行の保険制度の限界を突破する手段として混合診療の解禁が積極的に議論される可能性が出てきた。その意味で、今回の提訴と判決が持つ意味は大きいといえそうだ。


☆ 読者の皆さんの“ご意見を募集”します

 本誌では、混合診療の問題に対して読者の皆さんのご意見を募集します。400文字以内をめどに、ご意見をお寄せください。所属と氏名を明記の上、匿名希望の場合は、その旨を明記してください。

[あて先]
〒108-8646
東京都港区白金1-17-3 NBFプラチナタワー
日経メディカル開発
日経メディカルCancerReview「混合診療」係
締め切り2008年1月31日

*インターネットでも受け付けております。投稿画面はこちらからどうぞ

混合診療とは? 最近の動きは?
 混合診療とは自由診療と保険診療を1人の患者に対して同一の病気に同時に併用すること。日本の保険診療制度が混合診療を禁止しており、保険診療で認められない治療法や診療行為を併用する場合には、保険が適応される行為に対する費用も全額自己負担となる。厚生労働省は、混合診療を禁止する理由として、(1)医療には福祉的平等性が必要、(2)自由競争の原理を医療に認めると不平等や不正を生む原因になるなどをあげてきた。
 しかし、一方で政府は部分的に混合診療を解禁する姿勢を徐々に鮮明にしている。2004年8月の政府の規制改革・民間開放推進会議の中間取りまとめでは、「患者の自由な選択と医師の裁量権に対する過剰な関与」として混合診療を明記した。この方針を受けて厚生労働省は、先進医療に限って認めたことがある。
 今般の東京地裁の判決を受けて、政府の規制改革会議が第二次答申の重点項目として「混合診療の全面解禁」を盛り込む方針を固めた。その理由として「新薬など付加部分だけを自費とすれば、資力の乏しい患者にも適切な医療を提供できる」と説明している。一方、厚生労働省は、「医療の安全性が確保できなくなる」などの理由で反発している。

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