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[化学療法アップデート][07 Autumn]
乳がん治療の最新戦略
St.Gallen 2007の成果がもたらすもの

2007/10/22
日経メディカルCancer Review

 2007年3月、スイスのザンクトガレン(St.Gallen)で開催された。第10回ザンクトガレン専門家コンセンサスカンファレンスには、4700名以上の乳がん治療の専門家が世界中から終結した。日本からも、150名近くが参加したこのカンファレンスがなぜ、そこまで注目されるのか、その背景を探ってみた。

浜松オンコロジーセンター長 渡辺亨

なぜ、「コンセンサス」が必要なのか
 選択肢が増えれば増えるほど治療は複雑となる。乳がん初期治療には、手術、放射線照射といった局所療法に加え、ホルモン療法、抗体療法、細胞毒性抗がん剤療法などの薬物療法が使用され、しかも、薬物療法の種類、数ともに急激に増えているため、高度な専門的知識が要求される。さらに、乳がん治療を困難にしている原因がある。それは、術後薬物療法の効果は、大規模臨床試験で再発抑制効果あるいは救命効果として検証されてはいるものの、個々の患者レベルで、薬物療法の効果の有無を判断できない、という「効果の不確実さ」である。原発病巣は、手術により除去され、薬物療法の対象は、微小転移(micrometastases)である。

 微小転移は、がん細胞数個から数百個からなる細胞の塊よりなると想定させる。目にはみえないから微小というのであって、CT、MRI、PETなどの画像診断技術を以ってしても検出することはできない。TNM病期分類では、M0と診断されるが、検出できないだけであって、他臓器に転移した微小転移病巣が、初期治療後、数年、あるいは10数年の歳月を経て、臨床的に明らかな転移病巣に成長すると考えられている。初期治療における薬物療法の目的は、まさに微小転移が顕性転移に成長しないように、タネのうちに根絶することである。

 しかし、はじめから眼には見えないものであるので、薬物療法を行った患者が再発しなかったといっても、転移のタネが薬物療法で根絶されたから再発しなかったのか、それともはじめから転移のタネがなかったのか、それはわからないのである。逆に、薬物療法を行っても再発した患者は、薬物療法が効かなかったから再発したのか、それとも多少の効果があって転移の時期が先送りされたのか、これもわからないのである。一方、薬物療法を受ける患者は、リアルタイムで副作用を経験する。

 このような状況では、最新のエビデンスを包括的かつ適切に把握できている医師でないかぎり、効果もはっきりわからず、副作用に苦しむ患者に治療継続の必要性を説得するだけの根拠がない。また、薬物療法の適応については、乳がん診療に専門的に取り組む医師の間でも、意見が分かれることが多い。よく言われることは、米国のオンコロジストは、細胞毒性抗がん剤を好んで使用するが、ヨーロッパのオンコロジストは、ホルモン療法を重視する、という、地域的な違いもある。また、細胞毒性抗がん剤のレジメンも、国によって、地域によって、かなり異なる。例えば、通常は3週間に1回、24週間にわたって治療が行われるAC(アドリアマイシン+シクロフォスファミド)⇒paclitaxelを、GCSF(顆粒球コロニー刺激因子)を併用して2週間間隔で投与し、16週間で仕上げるというdosedense therapyというレジメンがある。

 通常の投与方法に比べて再発抑制効果は明らかに優っているが、臨床試験が行われた米国東海岸以外の地域、国では、あまり使用されない。また、CEF(シクロフォスファミド+エピルビシン+フルオロウラシル)も投与方法によって、“カナディアンCEF”、“フレンチCEF”などといった呼び方があるほど、地域による違いがある。一方、わが国では、ユーエフティー(UFT)などの経口フッ化ピリミジン系薬剤が多用されるなど、枚挙に暇がないほどである。このように、乳がんの術後薬物療法については、日常診療に正当な根拠を与える指針が求められているのである。

サンクトガレン2007; リスクからターゲット重視へ

 2005年以降に発表された新しいエビデンスに照らし合わせ、世界の乳がん治療の専門家39名のパネリストによって、早期乳がんに対する治療選択のために、推奨すべき基本原則を決定すべく、個々の課題が検討された。

 ザンクトガレン2007では、早期乳がんの臨床的管理について、「ターゲットを重視した治療選択」という方向が明確に打ち出されたという点が重要なポイントであろう。2005年のASCO(米国臨床腫瘍学会)で報告されたHER2陽性乳がんにおける術後トラスツズマブ(商品名:ハーセプチン)の有用性を示す試験結果が、ターゲット重視の方向性を決定付けたといえる。乳がん治療では、他疾患に先行し、早くから、各種のホルモン療法剤、トラスツズマブといった分子標的(ターゲット)治療薬が治療体系に導入され、従来の細胞毒性抗がん剤との効果的な使い合わせが臨床試験で検討されてきた。

 治療薬が効果を発揮する際の作用点がターゲットとして認識される。ターゲットの明確化は分子標的治療薬の開発と密接に結びついている。ターゲットは臨床的には、予測因子(predictive factors)という概念で把握されており、乳がんでは、エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、HER2たんぱく質あるいはHER2遺伝子のそれぞれの検査薬がすでに保険適応となっている。

内分泌感受性の定義
 今回、内分泌反応性に関する明確な表現が導入された。2005年に規定された3つのカテゴリーは基本的に変わらないが、その表現が、より明確なものに変更された。すなわち、(i)高度内分泌反応性[腫瘍細胞の過半数において、エストロゲン受容体(ER)およびプロゲステロン受容体(PgR)がともに高度に発現している]、(ii)不完全内分泌反応性(ERおよび/またはPgRの発現が低い)、(iii)内分泌非反応性(ERおよびPgRがともに全く発現していない)である。

 内分泌反応性の差異は定量可能であり、再発リスクの程度と併せて評価することによって、内分泌療法単独で十分かどうかを判定できる。絶対的な境界線を引くことは難しいが、高度内分泌反応性腫瘍を有する再発低リスクの患者(後述)の場合には内分泌療法単独が適しているであろうし、一方、高度内分泌反応性腫瘍であっても、再発中間リスクまたは再発高リスクの患者の場合や不完全内分泌反応性腫瘍の患者の場合には、補助的に化学療法を適用することが必要であろう。

HER2陽性の定義

 HER2の陽性判定を行うための検査法は2つある。すなわち、IHC染色において>30%の腫瘍細胞で強染色(3+)が認められるか、FISH(fluorescence in situ hybridization:17番染色体のセントロメアに対するHER2遺伝子コピー数の比が>2.2)またはCISH(chromogenic in situ hybridization:細胞あたりのHER2シグナルが>6個)で遺伝子増幅が認められる場合を、HER2陽性と判定する。いくつかの臨床試験では、IHC染色で強い染色性(3+)を示す腫瘍ではトラスツズマブがよく奏効する。理論上、染色性が弱い(1+または2+)場合は、遺伝子増幅が認められていてもトラスツズマブの効果は低下すると考えられる。

ターゲットに着目した治療方法の選択
 内分泌反応性(高度反応性、不完全反応性、非反応性)およびHER2たんぱく質過剰発現または遺伝子増幅の有無に着目すると、6通りの病型に分類することができ、各病型について、選択すべき治療は、表1のようになる。

 内分泌高度反応性でHER2陰性症例の場合、治療の根幹は内分泌療法であり、無駄な化学療法はやめよう、というメッセージがこめられている。再発のリスクが低い場合(低リスク、中間リスク)には、内分泌療法だけで充分である。このような症例では、化学療法を加えることで得られる再発抑制の上乗せ効果は極めて小さく、無用な化学療法の副作用で患者を苦しめないようにしよう、という認識を持つ必要がある。一方、内分泌非反応性で、HER2陰性のいわゆる「トリプルネガティブ」乳がんでは、化学療法をしっかりと行うことが必要とされる。

 また、HER2陽性乳癌がんに対しては「トラスツズマブの1年間投与」が2007年の時点での標準治療と認識されている。その場合、化学療法は絶対に必要なのか」、という点について、多くの医師から尋ねられる。術後トラスツズマブの有用性を検討した臨床試験では、すべて化学療法が行われており、化学療法なしでトラスツズマブだけ、あるいはトラスツズマブと内分泌療法だけ、という形では検討されていない。そのため、「化学療法との併用」での使用が現時点では、推奨されている。しかし、今後、臨床試験成績が蓄積されるにつれ、この問題の回答は改訂されていく可能性は充分にあるだろう。

微調整されたリスクカテゴリー
 2005年に定義されたリスクカテゴリーは、3点を除いて基本的には変更されていない(表2)。変更された箇所は以下の3点である。(i)腫瘍周囲の脈管浸潤が広範である(すなわち、2つ以上の腫瘍ブロックで腫瘍塞栓が認められる)場合は、リスクカテゴリーを格上げする。(ii)ホルモン受容体が陰性であっても、一部の小腫瘍および組織型の腫瘍は低リスクに分類される(髄様がん、アポクリンがんなど)。(iii)ホルモン受容体陰性の腫瘍は、陽性に比べて、細胞の、またHER2過剰発現を伴う腫瘍は伴わない場合に比べ、悪性度が高い傾向があるため、ホルモン受容体の発現程度およびHER2の過剰発現または増幅は、治療標的であると同時に再発危険因子としても位置づけられている。

2007年の術後全身療法の選択

 以上のさまざまな概念をまとめたところ、表3のサマリーは前回より明らかに簡潔になった。2007年版では2つの治療標的が存在する。再発リスクについては、役割が小さく、治療を選択する際にまず考えるべきポイントではないものの、内分泌反応性の患者において化学療法の追加が必要かどうかを検討する際の判断材料になると考えられる。

 トラスツズマブを投与する患者では、現在報告されている臨床試験のエビデンスに従い、トラスツズマブ投与前または投与と同時に化学療法を行うべきである。また、トリプルネガティブの患者に対する治療法は化学療法に限られてくる。したがって、治療方法がまだ確定されていないのは、HER2陰性で少なくともある程度内分泌反応性がある2つの患者群のみである。このうち、高度内分泌反応性で、特に他に好ましくないとされる因子がない(再発低リスクまたは再発中間リスクでトラスツズマブの適応がない)患者であれば、術後内分泌療法だけでよいかもしれないが、それ以外の患者では少なくとも化学療法も必要であると考えられる。

 このような患者に化学療法の追加投与を勧める際には、リスク評価におけるさまざまな因子、内分泌反応性の程度、患者の希望といったことを考慮することが必要であろう。このような判断については絶対的な基準がなく、個々の患者と治療を行う医師との間で話し合わなければならない問題である。今回、新たに追加された24病型分類表は、治療標的とリスクカテゴリーに関する情報を組み入れた治療決定アルゴリズムを示している(表3)。

 個々の患者の術後治療を選択する上で、この表のどのセルに患者が該当するのかということを決める作業を行うと同時に、病院ごと、地域ごと、あるいは国ごとの、各セルに該当する患者の治療方針を具体的に決めておくことにより、標準治療の普及が促進されることが期待される。

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