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[インタビュー] [07Autumn]
がん基本対策計画の実行には 優先順位付けと予算措置が必要
日本対がん協会理事 日本インベスター・ソリューション・アンド・テクノロジー代表取締役社長 関原健夫氏

2007/10/15
日経メディカルCancer Review

 国のがん基本対策計画がまとめられ、都道府県ベースの具体的な計画立案がスタートしている。がん経験者であり、がん対策推進協議会の委員でもある関原健夫氏は、国が進めるがん対策は地域のがん医療の実態調査とニーズに合った優先順位付けが必要であり、このままでは計画そのものが絵に描いた餅になりかねないと警鐘を鳴らしている。(写真◎柚木裕司)

―― 関原さんは、日本興業銀行のニューヨーク支店に勤務されていた39歳のときに大腸がんが発見され、米国で手術されました。その後、再発と転移を経験されたそうですね。

関原 最初の手術は1984年11月で、術後に「リンパ節に多くのがん転移が見つかり、再発リスクは高く、5年生存率は20%」という衝撃的な告知を受け、長生きできないと覚悟して帰国しました。その後、86年から90年にかけて国立がんセンター中央病院で大腸がん再発、2回の肝転移、3回の肺転移の手術を受けました。また、96年に心臓バイパス手術を受け、今年1月には心筋梗塞のためにステント挿入治療を受けましたが、今も元気でこうして仕事をしています。これも現代医学と良き病院、すばらしい医療スタッフのおかげです。

―― そうした経験をもとに2001年に闘病記「がん六回人生全快」(朝日文庫)を出版、以来さまざまな対がん活動に携わっていますね。厚生労働省の「がん対策推進協議会」や「がん連携拠点病院の指定に関する検討会」の患者代表委員も勤めておられます。患者の代表であると同時に、民間企業の経営にも携わっているという立場です。医療に濃厚な関わりを持ちながら、純然たる医療人とは異なった視点で、日本のがん医療対策を眺めているのではないかと思います。

関原 がん基本対策計画の議論にも参加させていただきましたが、やはりいろいろと問題を感じますね。民間企業の感性でいえば、これは基本方針に過ぎず計画とは呼べないのではと違和感を持つこともあります。

財政赤字の認識を抜きにして
医療を語ることはできない


―― その辺をうかがいたいのですが、まず金融のプロというご経験から、医療財源のありかたについてはどう考えているのかお尋ねしたい。がん基本対策法を制定する議論でも、医療財源論はあまり出てきませんが、国の財政赤字を考えると、やはり避けて通れない課題だと思うのですが。

関原 日本という国が抱える最大の問題はやはり莫大な借金の問題です。国債だけで500兆円超、長短期の債務を入れると800兆円にもなり、これを背負いながら、医療制度を考えていく必要があります。医療費を誰が、どういう形で負担していくのかという大きな枠組みをしっかり議論しないと、どんなに立派な計画を作っても絵に描いた餅になるわけです。

 がん基本対策計画が必要だという点ではだれも異存はないはずです。でも、これも大事だ、あれも大事だと詰め込むと、計画はできたけれど、いざ実行する段階になると、不可能だということになりかねない。医療の話というのは突き詰めると医療財政の話であり、医療財政の話とは日本の財政の話だし、それは政治経済の話でもあると思いますね。限られた財源、資源の中で、どのようにがん医療を構築していくかがものすごく大切になってきます。

地域の格差を無視した
医療均てん化には無理がある


―― 関原さんはがん診療連携拠点病院を指定する委員の1人でもあるわけです。拠点病院の整備は、日本のがん基本対策計画の根幹に関る問題です。

関原 僕は現在のがん診療連携拠点病院と先立つ地域がん拠点病院の指定に携わってきましたが、いつもこの指定には困惑しています。この指定のための議論は、都道府県から上がってきた申請資料をもとに行われます。僕はがん医療機関情報や医療人脈が豊富というわけではありません。でも、長年の銀行勤務で培った企業・評価や事業評価の目で見ると「がん診療連携病院の整備に関する指針」に定められた要件を満たしていない医療機関、1つの2次医療圏から複数の医療機関の推薦、患者数や手術件数で拠点病院というのは無理がある医療機関が少なくありません。

 拠点病院も1つではなく、A、Bの2ランクくらいに分け、指定要件も変えるべきだと思いますね。もっとも、問題はいまある医療圏が本当にその地域の事情を反映しているのかどうかということも問われる必要があると思います。既存の医療機関をランク分けするよりは、医療圏の線引きをもう一度、考え直す必要性があります。

 そもそも地域格差、病院格差のある中で20年以上も前に設けられた約350の2次医療圏に1カ所の拠点病院を指定することに無理を感じています。評価には、定量的評価指数が不可欠ですが、その前提となるがん登録制度は不完全です。少なくても2ランクぐらいに分けてやらないと、結局みんな分散しちゃって、実は、医療の質もあんまり上がらなかったということになりはしないかと心配しています。これは、ビジネスの世界ではよく問題になる話です。

 自分の居住する地域にがん診療連携拠点病院がないのは不公平だとの声に押されて指定してしまうと、その指定が一人歩きして、患者や家族は拠点病院の看板を信頼してしまう。でも、それは看板に偽りなしとはいえなくなる。

地域の医療需要を
精査して計画を


―― 地域によって人口集積度とか産業構造とか全然違うわけですね。その中で、医療だけ均てん化しようというと、どうしても無理が出てくるということですか。

関原 僕は、格差が生まれるのは、ある程度しようがないと思いますね。でも、実際はそんなひどい格差ではないはずですよ。人口が少なくて、経済集積力がないから、交通だって不便ではあるけれども、全く孤立しているかといったら、まあ、そうではないわけです。電車も走っているし、道路も通っている。だから、そこに住めば、他の医療圏のしかるべき病院に行くのに、それは1時間かかるかもしれない。

 しかし、東京だって、ちょっと渋滞とか考えればそれぐらいかかるわけですから。それを考えると地元に拠点病院が本当に必要かどうか考える必要がありますね。それよりも、むしろ余りに分散して、形だけは均てん化したんだけど、中身は、実は均てん化が伴っていなかったということになるのは、そちらの方がマイナスです。

 さらに、がんの治療というのは、すべてがすぐに治療を開始しなければいけないかというとそうではないわけです。急性心筋梗塞などの病気と違って、診断を慎重に行い、またどういう治療が望ましいかということをじっくり吟味する時間的な余裕があるわけです。何がなんでも地元の拠点病院にこだわる必要はないのではないかと思います。

―― そのあたりは厚生労働省の委員会でも議論されるのですか。

関原 がん基本対策計画の議論の最後に、「ここに書かれていることはかなり総花的です」と言いました。いろいろな専門家の意見を聞き入れて、それをすべて書き込む。網羅されるけれど、優先順位は決まらない。いきなり個別論ではなく、そもそもがん医療はどうあるべきかという力点がはっきりしない。しかも具体的な計画は地方自治体にまる投げされてしまう恐れがある。これでは、地方は混乱するだけです。

 また財源の根拠も明示しないといけない。とにかく望ましいものは盛り込むでは、実効性のある計画は作れない。民間企業でこんな計画を作ったら、「何をやっているんだ」ということになりますね。

健康な国民の関心を
がん医療に向けるべき


―― 財源でいうと、がん医療費が増えていくという懸念がありますね。

関原 僕はがんの医療費については、ちょっと違った考えを持っています。

 日本ほど、安い医療費で、これほど良質ながん医療を受けることができる国はありません。欧米が良くて、日本はそれを取り入れなければという一方的なスタンスに立ちたくありません。自動車を買ったり、その車検を通したり、海外旅行に行ったりという金額で十分ながん医療を受けることができるのです。こんなすばらしいことはありません。

 皮肉なことにそのすばらしさのあまり、多くの日本人ががん医療に差し迫った脅威に無関心になりがちなのです。先の参議院選挙でも年金問題が大きな争点になりましたが、本当は年金よりもがんのような大きな病気になったときに安心してかかることができる医療体制を維持しておくことの方が大切であるはずです。厚生労働省も、現在は年金問題に大きな力を割いていることでしょう。これはある意味、日本にとって大変不幸な事態です。

―― 確かに参議院選挙では、最初のころは医師不足対策など医療崩壊が議論になりましたが、後半はほとんど言及されませんでした。

関原 有権者の多くが健康だから、医療制度に関心が薄いのです。病気をしていない人に、医療は崩壊の危険性があるから、真剣に考えようといってもそれは難しいものです。健康人は医療現場を知らな過ぎることが一因でしょうね。

 米国医療には多くの問題がありますが、病院に多数のボランティアが来て奉仕活動をしています。僕の場合もニューヨークで入院中に高校生のボランティアが、ベッドの傍らに来て話し相手になってくれた。これは大変ありがたかった。若いうちから、医療の現場で、患者さんに接するような仕組みを作ることも、国民が医療制度を自分の問題ととらえる契機になると思いますね。

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