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[連載] 第2回 [07 Summer]
DPC移行で増収したがコスト割れ
DPCへの移行はがん医療をどう変えるか?

2007/08/01
日経メディカルCancer Review

 「がん対策基本法」の施行、そして診断群分類別包括評価DPC=Diagnosis Procedure Combination)の急激な拡大により、今、日本のがん医療は大きな転機に差し掛かっている。医療費削減の方策という見方が強いDPCだが、医療の標準化を促す強力な手段である側面も見逃せない。単純に入院期間を延ばし、増収したものの、コスト割れを起こした実例をもとに、医療の質の低下を招かないDPCのあり方を考える。(グローバルヘルス・コンサルティング;渡辺幸子、塚越篤子、相馬理人、濱野慎一、アキよしかわ)

 今までの出来高制度とは異なり、投薬、注射、検査、画像などが日当点によって包括化されるDPC制度では、高額な抗がん剤や画像診断が必要ながん治療は、特に大きな影響を受けるであろう。5月15日に開催された経済財政諮問会議では、議題の一つとして、「制度改革について」が上がり、「DPCの対象病院を現行の360病院から、2012年度までに1,000病院に増やす」との目標が立てられた。

 一般病床を持つ病院は現在、全国で約8,000あるため、全体の約13%が定額制となるわけだ。病床数では既に現時点の実施病院360病院、準備病院370病院だけでも急性期ベッドの3分の1を占めている。さらに経済財政諮問会議では現在の一日当たりの包括支払制度であるDPCを米国で導入された一入院単位の包括制度のDRG/PPSのようにすべきだ、との意見も出された。将来DPCがDRG化するかどうかはともかく、急性期医療において、出来高払いは急速に過去の産物になりつつある。

医療の質とコストを把握するベンチマーク分析とは

 客観的に質とコストを把握する方法として、ベンチマークと呼ばれている手法がある。ベンチマークとは「基準点」という意味であり、語源は土地の測量法に由来する。土地の測量で自分の位置を知ることが重要であるように、まず自分がどの位置にあるのかを客観的に学ぶことがベンチマーク分析の目的である。

 病院の改善のために行うベンチマークでは疾病・行為ごとに、アウトカム(医療の質)、運営効率、コストの比較分析を行う。ただ単にコストを下げるだけでは「安かろう、悪かろう」を招き、改善とはいえない。病院経営では医療の質を維持、向上しながらのコスト削減努力が求められる。このような病院ベンチマークの歴史は米国で導入されたDRG/PPSに遡る。

 米国の医療施設認定合同審査会(Joint Commission on Accreditation of Healthcare Organizations:JCAHO)が病院の機能評価に使用しているベンチマークソフトにBasys(ベーシス)というプログラムがある。著者の1人アキよしかわは、米国でその開発と運用にも携わり、当時スタンフォード大学医療政策学部を率いていたが、1990年代中ごろから日本において病院ベンチマークを始めた。

 以後、GHCは日本で病院ベンチマーク分析の普及に努力し、これまでに日本でも民間病院を主に300施設を超える急性期病院に対してベンチマーク分析を行ってきた。

 今日その対象を拡大しつつあるDPC制度では、様式1、Eファイル、Fファイルのような共通フォーマットのデータベースの構築が進み、日本でもベンチマークが飛躍的に簡単に行える環境が整ったといえる。「がん対策基本法」が目標とするがん医療の均てん化を実現するためにもデータを用いた実証的なベンチマーク分析が必要であることは言うまでもなく、DPCデータの活用も期待される(DPCデータの制約と限界に関しては改めて述べる)。

DPCデータによるベンチマーク分析

 連載第1回(本誌2007年春号)で様式1、Eファイル、FファイルなどのDPCデータに関しては説明した。これらDPCデータには、医療行為に関する詳細な情報が含まれている。我々GHCはMDV(メディカル・データ・ビジョン)社と共同でEVEと呼ばれるDPC分析システムを開発したが、EVEは様式1、Eファイル、Fファイルを読み込み、症例ごとに行われた医療行為をパス画面のように示すことができる。

 パス画面からは、「点滴は術日から何日間行われたか」「食事の開始は術後何日目か」「ドレーン抜去は術後何日目か」、そして「どのような検査や画像診断がいつ、何回行われたのか」などといった細かい部分まで正確に把握することができ、クリティカルパスの見直しなどに役に立つ。

 「DPCとクリティカルパスは相性が良い」とよくいわれる。それはDPCで求められる条件とクリティカルパスが果たす役割がマッチするからである。

 DPCを追い風にするにはDPCで定められた入院期間IやIIの在院日数を意識しながら、包括対象となる診療行為(投薬、注射、処置、検査、画像など)をコントロールしなければならない。そのためにはDPC環境に適応したクリティカルパスの見直しが必要条件だ。

 例えばがん医療では、EVEによって、がん別(DPC別)に自病院と他病院の化学療法のレジメンをベンチマーク比較し、他病院との化学療法の相違点を明確に把握することができる。連載第1回の大腸がんと直腸肛門がんの例で示したように、学会推奨レジメン(FOLFOX療法、FOLFIRI療法)を高い頻度で行っている病院もあれば、それ以外のレジメンでの治療の頻度が高い病院もあるなど、がんのレジメンにも病院間でかなりのばらつきが見られた。

 今後、DPCデータを活用し、個々の病院がそれぞれ独自に作成した従来の日本型の「スタンドアローンパス」から、ベンチマークによって客観的に評価された「ベンチマークパス」へと進化していくことも必要であろう。このような「ベンチマークパス」の努力を既に始めている組織もある。国から委託を受けて社会保険病院及び社会保険診療所の経営を行っている社団法人全国社会保険協会連合会(以下、全社連)と呼ばれる公益法人である。全社連はEVEをASP(アプリケーションサービスプロバイダー)方式で活用しており、全社連本部にサーバーを設置すれば、それぞれの病院ですぐにEVEを使って診療内容をベンチマークできる。

 2006年夏、『ベンチマーク分析によるDPC対応標準治療計画の作成』(じほう)が出版されたが、これは札幌社会保険総合病院の秦温信院長を班長として行った社会保険25病院のベンチマーク分析を取りまとめたものである。「序」で全社連の伊藤雅治理事長が「DPC導入が医療の標準化につながることを示す、極めて貴重な研究成果で…これは、わが国で先駆的な試みとして高く評価できるもの…」と述べているように、これは本邦初のベンチマークパスへの大きな一歩であった。

ベンチマークによるクリティカルパスの見直し例

 EVEのクリニカルインディケーター(臨床指標)の機能と、他病院とをベンチマーク比較する機能を活用し、DPC別に在院日数、周術期抗生剤選択薬剤・投与バイアル数、術後の創傷ケア施行日数やドレーン抜去までの日数、IVHの有無や挿入日数、あるいは術後経口摂取開始日などを見直し、既に細かくクリティカルパスの改良を行っている病院も増えてきた。

 一例として、AからHの病院の分析を行って(図2と図3)、例外的な結果が出た病院(“G病院”)について説明する。前ページ図1はG病院における「肺の悪性腫瘍手術なし手術・処置等1なし手術・処置等24(化学療法)あり」(DPCコードは040040xx9904xx)の典型的な症例をEVEのパス画面で示したものである。

 このDPCコードでは入院期間Iは2日、入院期間IIは16日まで、特定入院期間は41日までと設定されている。

 この症例(入院期間は38日)ではEVEのパス画面から分かるように、1入院期間に化学療法を2クール(入院3日目とその2週間後の24日目に、タキソールとパラプラチン〔カルボプラチン〕を投与)行っている。一入院期間に2クール行うのが、G病院での典型的なスタイルであった。

 このDPCにおけるG病院の平均在院日数は入院期間ⅠとIIを大きく超えていたが、不思議なことに出来高と比べると収入は大きく増収していた。なぜであろうか。

 「DPCは医療費を削減するもの」とお考えの読者も多いと思うが、日本のDPCは一入院単位の包括支払制度である米国のDRG/PPSとは異なる「一日当たりの包括支払制度」である。

 DRG/PPSは「入院日数にかかわらず、この病気でこの治療を行った場合はこの額」という厳しいものであり、否応なしにコスト意識を持たせるが、日本のDPCでは日当点的な発想が残っているために、どうしても「もう1日入院すれば、これだけ増収になる」という考え(我々はこれを「収入最大化の呪縛」と呼んでいる)にとらわれやすい。

 実際、高額な薬剤・注射・検査・画像などの包括される医療行為を行わない「素泊まりに近い」入院期間の延長は、DPCでは増収につながる。

 G病院でも出来高からDPCへの移行で増収になっていた。しかしG病院の院長はコストを把握することが増収・減収云々よりもはるかに重要と考え、コスト分析を行い、似たような規模、環境の他のDPC導入病院とのベンチマーク分析を行った。図2は一入院あたりのDPC収入とコストの比較を、図3はコスト構造の比較を示している。

 図2からは、G病院は出来高からDPCへの移行で増収にはなったが、コスト割れしていることが分かる。出来高からDPCへの移行で短期的に増収していても、コスト割れ起こしていれば、そのスタイルを維持することは困難だ。また図3の分析では、特に人件費、薬剤・材料費、管理可能なOH(オーバーヘッド)が他の病院よりも突出して大きいことが分かった。G病院での薬剤・材料費が高いのは一入院で2クールの化学療法を行っているからであり、人件費と管理可能なOHが共に高いのは、入院期間が長いことが主因である。

 G病院は1入院2クールを1入院1クールのパスへと転換した。図4は短縮されたパスを示している。新たなパスでは在院日数は4日、入院2日目にタキソールとパラプラチン(カルボプラチン)が投与されている(2日目の注射薬剤費は約20万円)。

 図5は2006年8月から2007年1月の期間のG病院における「肺の悪性腫瘍手術なし手術・処置等1なし手術・処置等24(化学療法)あり」の平均在院日数の推移を示しているが、劇的な入院日数の減少が見られる。

短くすべきか? 長くすべきか?

 連載第1回の冒頭で、ある病院の副院長(がん臨床医)の「DPCでFOLFOX療法の短期入院を行った場合、私の病院では1症例あたり、大腸がんで約7万円、直腸がんだと約8万円の減収になる。この額では薬剤費さえもカバーすることができない!」という学会発表を紹介した。進行性大腸がんでは、FOLFOX療法がガイドラインとして奨励されているが、短期入院でFOLFOX療法をガイドラインどおり行うと大きな減収になる。ガイドラインどおりの治療を行っているにもかかわらず、FOLFOX療法ではなぜこのような大減収が起こるのであろうか?

 これは、FOLFOX療法を行っていない、もっと安価な薬剤を使っている症例のデータや、在院期間が長い症例のデータも含まれてしまうので、結果的に高額な薬剤(オキサリプラチン)を使用するFOLFOX療法を短期入院で行うのに十分でない日当点になってしまうからである。抗がん剤治療の短期入院においてはDPCの日当点の設計変更が数回行われたにもかかわらず、現場の医師からはいまだ大きな批判が聞こえてくる。

 前述の発表を行った副院長は「…この減収額を日当点で補うために入院を延ばすことにした…」と続けた。この副院長の試算どおり、少し入院期間を延ばすと全症例増収になる。これでは「DPCは入院日数を短縮する」という厚生労働省の思惑に反して、むしろ延ばすインセンティブを病院に向けて発信していることになってしまう。

 日本のDPCのメッセージが曖昧な原因は日当点の発想を残したことである。日当点的な発想が残っているために、「何日入院すれば増収になる」という収入面のみを見た発想になり、コスト意識は二の次になる。DPC環境下、抗がん剤治療の短期入院での大幅な減収により、増収・減収だけを見ていると「短期入院の化学療法は、入院を引き延ばして実施すべき」という考え方に誘惑を感じるが、コスト割れしていては話にならない。

 優れた医療を継続的に提供するためには経営の安定も不可欠である。今回は、出来高からDPCへの移行で収入は増えるものの、コストを分析し、あえて入院日数を短縮するという決断をしたG病院の事例をご紹介した。出来高からDPCへの移行に伴う、全く異なった選択である。さて、あなたならどちらを選択されるであろうか。

執筆者とグローバルヘルス・コンサルティングの紹介

 GHCは、米国カリフォルニア州アサートン市に本拠を構える急性期医療に特化したコンサルティング会社。もともとは米国の財団法人であるグローバルヘルス財団が外部からのコンサルティングの要請に対応するために作られた組織であり、米国の大学院の研究室のような雰囲気の中、実証分析をベースにした戦略的病院コンサルティングを行っている。日本においてはGHCジャパンを設立し活動している。ホームページ(http://www.ghc-j.com)からはブログで日々のコンサル活動を、また今までにGHCのスタッフが執筆してきたエッセーや論文などがダウンロードできる。連載の執筆はグローバルヘルス財団理事長アキよしかわとGHCジャパン社長の渡辺幸子に加えて、「がん研究班」の塚越篤子、相馬理人、濱野慎一の3名が行う。塚越はナース、助産婦として豊かな経験を持ち、相馬は歯科口腔外科医の前歴を持ち、濱野は理学博士としてデータマイニングの専門家。

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