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[インタビュー] [07 Summer]
がん医療の均てん化は長期戦 人材の育成のために10年はかかる

2007/07/31
日経メディカルCancer Review

 がん診療連携拠点病院制度がスタートしたが、患者団体や医療関係者、マスコミなどからは「まだまだ不十分」という指摘もある。国立がんセンター総長として、この制度の立案にあたった垣添忠生氏はこうした声をどのように聞いているのだろうか。同センターの名誉総長室を訪ねた。

―― がん医療は患者の増加という量の問題と、患者一人ひとりに応じた個別化医療を筆頭とする質の問題の双方を同時に解決していかなべならないという状況にあります。一方で医療資源といえども限られているわけです。その両者の折り合いを資源の選択と集中によってつけようというのが、がん診療連携拠点病院の意味するところだと思います(厚生労働省通知・健発第0201004号、平成18年2月1日)。しかし、細部については、いろいろな不満や注文の声が上がっていますね。

垣添 「あんなのしょうがない」という声ですか?

―― いえいえ、そういうことではありません(笑)。

垣添 私は、現在のがん診療連携拠点病院の制度が完璧なものだとは全然思っていません。でも、重要な第一歩であるとは思っています。

 私が、厚生労働省のがん医療の均てん化検討委員会の座長をしている間、ずっと考えていたことは、指定された病院が指定されたことによるメリットを得られるようにするにはどうしたいいかということです。それを巡って厚生労働省の事務方と押し合いへし合いしました。「経済的なインセンティブを明記しない答申はまとめない」と担当者には言いましたよ。

 十分とはいえませんが、その結果、地域診療連携拠点病院に指定されれば600万円、都道府県の基幹の拠点病院に指定されたら1200万円をつける、患者さん一人入院されると200点の加算が決まりました。指定の条件の中にがん登録を行う、相談支援センターを作って運営していくということがありますが、その原資にしてほしいということです。

 いまの医療現場は多忙を極めていますが、そのお金で、診療録管理士を雇用し、がん登録を進めてほしい。

 相談支援センターも1人以上の常勤スタッフをつけることになっていますが、専門職としてきちんとトレーニングされた人がつく必要がありますので、そうした人を採用してほしいと思います。

 経済的な基盤がなければ制度は実効性のあるものになりません。金額的にはわずかでありますが、これは大変意義があることだと考えています。

―― 経済的なインセンティブについて当初、厚生労働省は乗り気ではなかったわけですか?

垣添 予算要求することについて、消極的でしたが、最終的には理解してくれました。

 それともう一つ大事な点は、答申に患者さんの声を取り入れたことです。そのことに、議論を進めている最中に気がつきました。「あ、しまった」と思いましたよ(笑)。そこで答申をまとめるワーキンググループに4つの患者団体から代表者に来ていただいて、話をしていただきました。NHKスペシャルでも4回ほど取り上げていましたが、そうした中で上がってきた患者さんの声も制度に反映することができたと思っています。

―― がん診療連携拠点病院の指定は医療の均てん化に向けた第一歩というお話ですが、そうなると今後は指定を受けた病院の医療をどのようにレベルアップしていくのかという話になりますね。

垣添 一足飛びには理想に到達できない現実があります。例えば、放射線治療ができなくてもがん診療連携拠点病院に指定され得ることに疑問や批判があることは承知しています。

 しかし現在、国内に放射線治療の専門医はたった500人しかいません。放射線治療は放射線治療ができる専門医と放射線物理士、放射線診断ではなく照射を専門とする技師、専門看護師に加え、性能のよい機器がそろって可能になりますが、すぐにそれを全国に完備しろというのはどうしても無理です。

 当然ですが病院間で連携して放射線治療を行うという地域が出てきていいと思います。患者さんも自動車で1時間程度のところであればそこへ通院して放射線治療を受けるということが必要になります。

 放射線だけではなく、難しい手術や化学療法なども、そうした中核病院に出向いて行うというのが現実的です。そこは患者さんも家族も意識を変えてほしい。どんな医療も身近の医療機関で受けることができるという風にはすぐにはいきません。

 その意味で、とても注目されるのが富山県です。限られた医療資源を有効に活用する方法として富山県は、県内7つの拠点病院でがん診療を分担する体制を作りました。患者さんは必要に応じて異動することになるというのです。

 がん診療連携拠点病院の指定にあたっては、自治体から提出された推薦資料をもとに委員会で議論します。委員の先生によっては、「こんなんじゃだめだ」と大変辛らつなコメントを述べられる方もいるのですが、この富山県の申請書は大変よく書けていて、委員の間でもおおむね好評でした(編集部注:「富山方式」は本誌本号12ページに詳報)。

 そういうことをすることによって、過渡期の状況を乗り越える。そうしながら凸凹の凹の程度を少なくしていくことが必要です。そうしているうちに人材が育って、いろいろなとこに配備されていることになる。10年たてば、事情は大きく変わっているはずです。

―― 10年かかりますか。

垣添 人材育成の問題ですから、時間はかかります。現在、厚生労働省とともに文部科学省もそのようながん医療均てん化を実現するための人材を大学でどのように養成するかについて、施策を具体化しつつあります。

 昨年、厚生労働省と文部科学省で優秀な課長さんどうしの“たすきがけ”人事異動を行いましたので、従来指摘されていた縦割り行政の弊害も少しづつなくなっていくでしょうが、でも時間がかかることはやむをえません。

指定された拠点病院には金銭的な配慮が必要

―― 制度の立ち上げが第1段階だとすると、第2段階はどうしますか?

垣添 指定された医療機関に対して、いま以上に金銭的な配慮をすることが次の段階だと思いますね。お金がないと病院は良くならなし、お金を投じなければ人も育ちませんよ。

 例えば、静岡県立静岡がんセンターのよろづ相談室。あれはきわめて高度な内容を持っていますが、それも静岡県という経済的に豊かな自治体だからこそできる話です。常勤のスタッフも3人か5人くらいいて、年間予算は5000万円。年間1万件くらいの質問に応じています。

 国立病院機構四国がんセンターの相談センターも、患者さんの医療に関する問題を全部集約し、医療全体の司令塔の役割を果たしています。相談支援センターを運営している谷水正人センター長がいつも強調していることですが、決して専従が一人いればよいという話ではありません(本誌2007年春号に関連記事)。

―― 現実には訓練を受けたとはいえない職員が窓口にいる拠点病院もあるようです。

垣添 そういう指摘も聞いています。医事課の職員が一人座っていればいいというものでは決してありません。標準治療はどうなっているのか、個別化医療ではどうかという情報を提供できるようになりたいと思います。そして、個々の相談内容については、各病院がばらばらに行うのではなく、国立がんセンターに設置されたがん対策情報センターにリンクして質の高い情報が提供できるようにする。そうしたことができる人材の確保は一朝一夕ではできません。時間も人手もかかります。昨年9月、わずか1日でありましたが、拠点病院の相談員が全国から300人も集まってもらって研修をやりました。せめて、講義だけでも身につけた人が窓口にも座っていてほしいですね。人材も均てん化しないといけません。

人材の不足を補うために3カ月の研修コースが必要

―― 東京や大阪などの大都市はまだ人材がいます。地方では連携しようにも、連携先も人材不足という事態にぶつかるといいます。

垣添 医療現場の人材不足は大変深刻な状況にあります。例えば、初期研修2年のうち外科医の希望者が指数関数的に減少していて、数年後には「ゼロ」になるとの予想もあります。

 このままではかつての英国のように「手術は必要ですが、半年待ってください」という事態に陥りかねない危険な状況です。

―― 国立がんセンターで医師の研修をしたり、あるいは不足を補うために医師を派遣するということは考えられませんか。

垣添 われわれも手一杯で診療やってますから、すぐに派遣というのは難しい。ですが、私は大規模な人材研修センターを構想しています。現在、国立がんセンター中央病院ではレジデントを1年に30人、チーフレジデントを20人育成していますが、それだけでは全然足りない。

 そこで、3カ月コースの研修制度を作る。地方のお医者さんが、「腹腔鏡手術や難度が高い化学療法の技術を習得したい」と希望されると、このトレーニングセンターに来て、3カ月くらいトレーニングを受けて地元に戻る。3カ月くらいならば地域の医療機関も人を送れるのではないかと思います。すでに欧州ではこのような施設がありますから。日本でもできると思います。

指定要件は難しくなるが民間病院も参入してほしい

―― 現在の厚生労働省のがん診療連携拠点病院の通達は、指定要件に「望ましい」という言葉が非常に多い。放射線治療も化学療法も「望ましい」ですが、将来はこうした要件が義務に格上げされていくと考えていいのでしょうか。

垣添 そうならないといけません。“望ましい”規定はよくないということ、だんだん厳しくなるということは皆さんもわかっているはずです。今は緩い規定にしてたくさんの病院を呼び入れている段階です。要は、患者さんがどこの病院に行けばどのような治療を受けることができるかがすぐにわかるようになることです。将来は指定されれば、その病院の手術件数や治療成績などの情報が国立がんセンターの情報センターに集約され、すぐに地域に還元されるようにしたいと考えています。

―― 経済的なインセンティブは上がるけれどハードルも上がるということですね。拠点病院は現在286カ所ですが最終的にいくつくらいになるのですか。

垣添 私はせいぜい350くらいがいいのではないかと思います。あまり多過ぎてもよくない。

 拠点病院の数の問題も重要ですが、さらにその分布をどうするのかという問題も大きい。例えば、北海道のような広大な面積でありながら、多くの医療機関が札幌に集中しているというところもあります。北海道のがん医療をどういうふうに築いていくのか、道の知事さんを中心に考えていかないといけない問題でしょうね。推薦してくる側の問題もありますから、そういう事情で最終的な病院数も変わってくるとは思います。

―― 宮城県では宮城県がんセンターと東北大学病院の2つが都道府県がん診療連携拠点病院になっていますね。厚生労働省の通達では、都道府県拠点病院の数を「概ね一つ」と定めていますが、ほかの県でも2つ認めてほしいという声もあるようですが、今のところ宮城県だけですね。

垣添 指定にあたっては、都道府県があげてきた推薦書をもとに検討会で議論するわけです。検討会の委員の先生の中には、「こんな病院を指定してもしょうがない」というような厳しいことを言う先生もいるわけです。

 宮城県の場合は充実したがん診療は宮城県がんセンターで行うことができるが、人材の養成はできない。

 その人材養成は東北大学病院が行って、人材を県内に配る。それらを2つの病院で連携して行うということが、県の推薦書に非常によく書けていたので、2カ所の指定が認められたという経緯があります。

 その後、宮城県の例を見て、いくつかの県が2カ所の病院を都道府県連携拠点病院として推薦してきましたが、これは不十分ということで却下されました。でも条件をクリアして、納得のいく説明がつけば、2カ所であっても認められるということです。

―― 民間病院の中にも手を挙げようというと動きがかなりあるようです。

垣添 国がこういう方向でがん医療を展開するという方針を示したわけですから、病院の設定母体は問いません。民間であっても条件に合致すれば指定は可能です。がん診療連携拠点病院に指定されるかどうかは、今後大きな意味を持ってくると思いますよ。また、行政の側もそれを裏付けするような施策をどんどん打っていく必要があると思います。


◎ Profile
垣添 忠生(かきぞえ・ただお)氏
1967年東京大学医学部卒業。72年に同大泌尿器科文部教官助手。国立がんセンターに通いながら膀胱がんの基礎研究に従事。75年から国立がんセンター病院に勤務。手術部長、中央病院長を経て、
04年に総長に就任。07年4月から名誉総長。

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