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ルポ・がん医療の現場 北海道がんセンター放射線科 [07 Spring]
地域格差・科間格差に挑む
放射線診療の北の本丸

2007/04/05
日経メディカルCancer Review

放射線治療の効果を
発揮できない苛立ち


 同センターのがん医療は副院長となった西尾氏の存在に負うところが少なくないと関係者は口をそろえる。その西尾氏は放射線治療にとどまらず、がん医療のあり方に積極的な提言を行ってきたことで知られる。その舌鋒の鋭さは、多くの関係者が指摘するところで、同氏を好戦的な論客と見る関係者も少なくない。過去に同氏が、紙つぶてのごとく発表してきたおびただしい論文やインタビューの中から、以下のように苛烈な表現を探すことはそれほど難しい作業ではない。

 「癌治療の3大治療は外科療法、放射線療法、抗癌剤療法であるが、日本の癌医療はバランスの崩れた現状がある。一言で表現すれば『手術優位の治療姿勢と多い抗癌剤使用量と貧困な放射線治療体制』ということができる」(癌の臨床51(6):433~440,2005)。がん認定医制度については、「そこでは共通カリキュラムとして外科治療、放射線治療、抗癌剤治療に関する講義を聴くだけの研修を受ければがん認定医になれるという、全く呆れるほどの低レベルな、患者さん不在のがん治療認定医の肩書きをつくろうとしている」(日本放射線腫瘍学会JASTRO NEWSLETTER)。

 西尾氏の著書「がん医療と放射線治療」(エムイー振興会)の書評の中で近畿大学の西村恭昌氏は、「本書を読み進むと、機能と形態が温存でき、高齢者にも副作用なく行える癌治療法である放射線療法が、我が国では十分その効果を発揮できない現状と、それに対する著者の苛立ちが見えてくる」と書いた(JASTRO Newsletter)。西村氏が書いた「苛立ち」こそ、西尾氏の行動を支えていることは確かなようだ。

 もっとも、西尾氏のスタンスは「弱者としての放射線医療の代弁者」であることにとどまらない。同氏の批判の矛先は、“実家”である放射線治療にも向かう。放射線治療現場の人手不足について述べた論文では、「病院の性格から医学生と接触のない立場の人間として、大学教員の立場の人達に対して本音は『何をやっているんだ!』と叫びたい。放射線治療の講座が少ないというシステム上の制約はあったとしても、個人の人間的な魅力で一本釣りもできないのかと言いたい」(JASTRO NEWSLETTR)と書く。

写真7 耳鼻科との合同カンファレンス 立ったまま慌しく行う

 がん医療に投じることができる医療資源は限られている。いろいろな分野で見られるように、強者が弱者から収奪する構図はがん医療でも見られる。北海道がんセンター放射線科という立場は2つの現実との対峙を余儀なくされてきたはずだ。1つは東京や大阪など日本の大都市に資源が集中する現実であり、もう1つは古くは外科であり、最近では力をつけてきた内科と競う現実とだ。

 「放射線治療はターミナルの疼痛緩和を目的に一時的に行うもの」と考える外科医はまだ多い。「前立腺がんの治療で、放射線をかけると腸穿孔が起きるリスクがあるとして、放射線治療に反対する泌尿器科教授がまだいる」と西尾氏は言う。一方で同氏は、「放射線化学療法の意味を理解せず、化学療法と放射線治療を同時に行うことを知らない腫瘍内科医がいる」と嘆く。同氏は著書「放射線治療医の本音-がん患者2万人と向き合って」(NHK出版)の中で、悪性リンパ腫の治療の後に放射線治療を追加せず、全身転移させてしまった内科医を「藪医者以下」の「どて医者」呼ばわりしたことすらあった。

 そして、最近は高精度の照射機器を導入した民間病院の台頭に懸念を寄せる。

写真8 呼吸器内科との合同カンファレンス やはり立ったまま行う

写真9 婦人科との合同カンファレンス 場所は元分娩室

 コンピューターの導入によって放射線治療は大きく変わった。リニアックによるピンポイント照射と総称される定位放射線治療の普及によって局所制御率が向上し、国民にも放射線治療の有効性が認識されつつある。しかし、これは放射線治療にとって、喜んでばかりいられないと西尾氏は警告する。2005年に北海道がんセンターでは3台のリニアックで1400人の治療を行ったが、定位放射線治療を行ったのはわずかに25人(2%)に過ぎなかったのだ。同氏はこう書く。「病態や予後を考慮した場合、定位放射線治療が必要な症例はそれほどではないのではないか。定位放射線治療や強度変調放射線治療は放射線治療の適用範囲を広げ、有害事象の軽減と局所制御率の向上が期待できる」。

写真10 製造中止になった線源も備蓄して埋め込み治療を続ける

 脳神経外科で発達したガンマーナイフがこうしたピンポイント照射の源流であるが、脳実質の2~3cmの壊死は生存を脅かすものにはならないとした上で、「……腫瘍線量の増加には慎重でなければならない。こうした感覚は従来のリニアックを駆使した放射線治療の経験者でなければ実感できない」。「最近の新世代制御装置により副作用が軽減し、腫瘍線量を上げることで局所制御率と生存率の向上が期待できるが、1つ間違えば、放射線治療に対する信頼も揺るぎかねない」(JASTRO NEWSLETTER 2006年6月25日号)。

 西尾氏の苛立ちは、日本のがん医療が持つ不合理の一切に向けられていることがわかる。医療費の抑制を目的に医療制度改革が進められ、がん診療拠点病院の多くがDPCに移行している一方で、手術の10分の1の30万円程度でできる、舌がんのCsを使った小線源治療が廃れていく。放射線治療を米国並みに活発なものにする以上の崇高な目標を掲げているようだ。

患者が立ち上げた団体で
900件のセカンドオピニオン

写真10 製造中止になった線源も備蓄して埋め込み治療を続ける

 今年1月に副院長になった西尾氏にとっては、放射線科医、がん臨床医とは別の仕事に時間を割かざるを得なくなっている。「放射線科は私を含めて5人いるが、実際は私が副院長としての仕事をしているために、実質、4.3人くらいの労働力ではないか」という。

 加えて西尾氏は、セカンドオピニオンを求めて来院し、小線源で治療した舌がん患者が立ち上げた患者団体、「市民のためのがん治療の会」(東京都国立市)の代表協力医師としても活動している。この会を通じて、市民向けにがん治療情報を提供しているほか、ボランティアでセカンドオピニオン活動も続けている。3年間で受けたセカンドオピニオンは延べ900件に達するという。

 会の発起人が、東京から尋ねてきた患者というところも、日本のがん医療における、北海道がんセンター放射線科の意義を象徴しているように見えた。

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