日経メディカル Cancer Review

2007/4/5

インタビュー 愛知県がんセンター 副院長 兼 胸部外科部長 光冨 徹哉氏 [07 Spring]

EGFR遺伝子変異は有力なバイオマーカー

処方には間質性肺炎リスク考慮を


 ゲフィチニブやerlotinibの奏効率を左右する因子として注目されるEGFR(上皮細胞成長因子受容体)の遺伝子変異。日本で最も早く、EGFR遺伝子変異を研究し、最近は喫煙歴と変異頻度などについても新しい知見を報告している愛知県がんセンター胸部外科部長の光冨徹哉氏に、がん細胞にとってのEGFR遺伝子変異がどのような意味を持つのか、獲得耐性との関係などについて最新の研究成果を聞いた。(写真 ◎ 早川 俊昭)

──本日は、非小細胞肺がん(NSCLC)を中心にEGFR(上皮成長因子受容体)の遺伝子変異の意義についてお聞きしたいと思います。昨年の日本肺癌学会では、議論の中でNSCLCを「EGFRシグナル異常病」と説明した先生もいて、大変印象的でした。分子標的治療薬の登場で、がんが特定の細胞内シグナル伝達の異常症と理解されるようになってきたということでしょうか。

光冨 EGFRシグナル異常症とは、少し言いすぎですね。わたしたちは、K-rasやHERZ、BRAF遺伝子に変異も持ったNSCLCで報告されていますから。でも、シグナル伝達のバランスを欠いた状態の一つが細胞のがん化あるという理解は正しいと思いますね。大腸がんなどで提唱された多段階発がんモデルのように、がんは数多くの遺伝子の変異の蓄積によって発症することが知られていますが、NSCLCの場合はEGFRシグナルの増強だけでも発病することがわかっています。

EGFR遺伝子変異の意義は
格段に大きい

──NSCLCの化学療法では、いろいろな意味で、EGFRのチロシノキナーゼの阻害剤(EGFR-TKI)が注目されています。日本では、ゲフィチニブが使われ、また海外ではerlotinibが使われています。これらの奏効率がEGFR変異の有無に左右されることがわかってきました。

光冨 ゲフィチニブは日本で2002年の夏から使えるようになりました。当初から化学療法の不応例にもしばしば劇的な臨床症状と画像上の改善をもたらす半面、まったく効かない症例もあって、この差が極端だなという印象を持っていました。第II相試験の段階で、日本人、女性、腺がん、非喫煙者への奏効率が高いことがわかっていましたが、その理由は不明でした。そのうちに、数%ですが、致死的な間質性肺炎が報告され、社会問題にもなったわけです。

――ゲフィチニブでは、海外で行われた第III相試験も、すべてがネガティブでした。

光冨 流れが変わったのは2004年4月末にEGFR変異がある症例にEGFR-TKIの劇的な奏効が期待できることが明らかになってからです。私は、論文として発表される前に、奈良で開催されたWJTOG(西日本胸部腫瘍臨床研究機構)の国際シンポジウムで、その報告を聞いたのですが、衝撃を受けました。それ以前にも、シスプラチンの奏効と相関する遺伝子変異の報告などがありましたが、EGFR遺伝子変異の意義は、それらとはまるでレベルが違うと感じました。

 さっそく会場から研究室のスタッフに電話して、「われわれもやろう」と言いました。急いで準備して、5月の連休明けから、愛知県がんセンターにストックしていた腫瘍サンプルを対象に解析を開始しました。その結果、日本人にもEGFR変異が見られること、その変異の有無があるとゲフィチニブの奏効が期待できることが確認できました。

「喫煙がEGFR遺伝子変異を
減らす」は誤り

――EGFR遺伝子変異の頻度と喫煙歴が逆相関するという結果が出ました。これまでの色々な報告では、喫煙すると、遺伝子変異が増加するというのが一般的でしたが、EGFR遺伝子変異の場合は、喫煙によって抑制されるということですか。

光冨 「なぜ喫煙者にEGFR遺伝子変異頻度が低いのか」を考えると、遺伝子変異に防御的な作用があると考えるのは、やはり無理があります。EGFR遺伝子変異と喫煙は本来無関係なのですが、EGFR遺伝子変異がない人が喫煙によって患者になる、こうした患者さんが増加することによる希釈効果を見ているのだと解釈するべきだと思います。

遺伝子変異で
患者選択は可能か?

――変異は細胞内のチロシンキナーゼドメインに集中しているのですね。

光冨 そうです。変異は(1)エクソン18の点突然変異、(2)エクソン19の欠失変異、(3)エクソン20の挿入変異、(4)エクソン21の点突然変異の4種類に大別できますが、エクソン19の欠失とエクソン21の点突然変異(L858R)で90%近くを占めます(図3参照)。興味深いことにこれら4種類は重複することがほとんどないのです。

――ということは、それぞれの変異が、ゲフィチニブの効果を予測するマーカーになり得るということですね。分子標的治療薬では、生物学的マーカーの有無によって患者さんを選択して、効果が予測できる患者さんに限定して処方する方法が提唱されています。ゲフィチニブはその良い治療モデルになりそうですね。

光冨 確かに海外で実施されたゲフィチニブの第III相試験はいずれもネガティブ、一方でerlotinibの試験(「BR.21」)だけはポジティブな結果が出ました。本来奏効する被験者と非奏効の被験者の割合によって、海外の第III相試験の結果が左右された可能性があることは事実です。

 奏効する患者さんを選び出して、ゲフィチニブやそのほかのEGFR-TKIを使用しようとう発想が出てくるのは自然な流れですね。しかし現段階で、一足飛びに患者選択に行くことは、まだできないと思います。

 わたしたちは、EGFR遺伝子変異を有する症例でゲフィチニブ服用後の生存期間が有意に延長していることを見出しました。ところが、ゲフィチニブが奏効する症例の20%にはEGFR遺伝子変異がありません。

 加えて、ゲフィチニブには間質性肺炎の発生の問題があります。実は、つい先日、すべてのマーカーを備えた女性患者さんに投与したところ、間質性肺炎を発症してしまいました。この例からも患者さんのEGFR遺伝子変異に加え、間質性肺炎の発症リスク、患者さんの全身状態などを総合的に勘案する必要があると考えています。なぜ、間質性肺炎が起こるのかの研究も必要です。

 それらが可能になって患者選択という話になると思います。少なくとも現在のところ、そのエビデンスの蓄積が十分でありません。

診療への導入前に
第III相試験を


――第II相試験ですが、奏効が期待できる患者さんにゲフィチニブを処方すると奏効率は70%を超えます。がん化学療法としては、驚異的な数字ですね。

光冨 第II相試験はあくまで練習試合ですから、第III相試験を実施することが必要です。現在、WJTOGでは、EGFR遺伝子変異陽性のNSCLC200例を無作為割付して、一方にゲフィチニブをもう一方に標準化学療法(シスプラチン+ドセタキセル)をいった臨床試験を進めています。プライマリーエンドポイントは、無増悪生存期間(PFS)です。全生存期間(OS)としなかったのは、標準化学療法にゲフィニチブが使われるであろう(クロスオーバー)と考えるためです。

 こうしたエビデンスが十分でない段階で、EGFR遺伝子変異のみで患者さんを選択することは問題があると思います。しかし、EGFR遺伝子変異の有無をマーカーの一つとして、将来ゲフィチニブやそのほかのEGFR-TKIの処方を決定する可能性は高いと思いますし、これががん薬物療法の将来モデルになることは間違いないと思います。

◎ Profile
光冨 徹哉 (みつどみ・てつや)氏
1980年九州大学医学部卒業。89年米国立がん研究所(NCI)留学し、肺がんの遺伝子研究などに従事。91年産業医科大学講師、94年九州大学講師、95年同助教授、同年愛知県がんセンター胸部外科部長、06年副院長、現在に至る。

(日経メディカルCancer Review)

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