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インタビュー 埼玉医科大学臨床医学部門臨床腫瘍科教授 佐々木康綱氏 [06 Winter]
国際共同第III相試験は万能ではない
日本人を対象にした試験は残る

2007/02/07
日経メディカル Cancer Review

がん薬物療法は従来型の殺細胞抗がん薬から分子標的抗悪性腫瘍薬を中心としたものへと転換点にある。
感受性の患者を選択するバイオマーカーの探索や人種差の考慮、市販後調査の拡充など、新しい評価体制が必要とされている。
短時間に効率よく大規模臨床研究を遂行するために「国際共同治験」への参加が推奨されているが、埼玉医科大学教授の佐々木康綱氏は、国際共同治験の結果がすべてそのままわが国へ挿入可能であるかの判断は慎重であるべきと主張している。(写真・清水盟貴)

◎ Profile
佐々木康綱(ささき・やすつな)氏
1980年昭和大学医学部卒業。83年国立がんセンター病院呼吸器内科研修医。85年同外来部医
員。92年国立がんセンター東病院病棟部医長。2002年埼玉医科大学臨床医学部門臨床腫瘍科教授

──がん化学療法の世界では、欧米で使用されている新薬がなかなか日本に導入されない、いわゆるドラッグラグが問題になって久しいのですが、最も大きな課題は何ですか?

佐々木 課題といえばあまりに多くの課題が山積していている状態です。では、どうすればいいかというと、それに対して、アカデミアも企業も、規制当局も、今の時点でそれほど明快な答えを持っているわけではないだろうと思いますね。

──海外では多くの新薬候補の治験が走っている状態です。

佐々木 それらの新薬をどのような認可基準で日本国内に導入していくかが大きな問題なのですが、世の中がダイナミックに動き過ぎてしまって、なかなか行政も企業もアカデミアも追いつけない状況です。

──そういう状況って、今まではありませんでしたか。

佐々木 まったくありませんでしたね。アカデミアも行政も企業も人手がまっく足りない状況です。わが国にとってどのような治験を必須となすべきかを冷静に判断する必要があります。

佐々木 もう一つの問題は、新薬の承認は米食品医薬品局(FDA)が最も早く行うことが多い。日本はどうしてもFDA追随型になるのですがそれでいいのか、問い直す必要があります。ゲフィチニブのように、人種差がある可能性もあります。

 ゲフィチニブの問題が出てくるまで、人種差の問題は無視されてきました。ゲフィチニブ以外にも、人種差を考慮することが必要な例があります。

 わが国の治験では、分子標的治療薬のラパチニブ(lapatinib、日本未承認)にも人種差がありそうです。この薬はHER2抗原陽性で、トラスツズマブ抵抗性の乳がんを対象に治験中で、詳細は12月のサンアントニオの乳がんシンポジウム(San Antonio Breast Cancer Symposium)で発表される予定です。

 ゲフィチニブでは臨床効果だけではなく間質性肺炎の発症リスクも日本人のほうが高いということが確認されています。

──有効性も高いけれども、間質性肺炎のリスクも高いということですね。

佐々木 ある特定の、例えば東洋人に有効だとか有害事象で特殊なパターンが出るようなものがあると想定した場合、本当に国際共同治験という枠組みが万能であるかについては、だれも分かりません。だから、国際共同治験といっても、どのような基準でエントリーされた被験者がどのくらい含まれているかによっても、結果は左右される可能性があります。

 国際共同治験というのは、薬の評価を早めるために優れた方法ですが、必ずしも万能ではなく、国内の評価が疎かにされていいという話にはなりません。

 国際共同治験だけですべての問題が解決しないことを物語る象徴的な例があります。ドラッグラグが原因で、ある種のねじれ現象が起こってしまうということです。例えば、ToGA試験という国際共同治験がいま進行中ですが、これはそのねじれ現象のいい例です。HER2抗原陽性の転移性胃がんに対して、トラスツズマブを使用する国際治験で、われわれも参加をしています。ところが、その基準薬が日本で胃がんに承認されていないカペシタビンとされています(プロトコルでは5-FUが使用できるが、国内で認可された用量の違いから、日本ではもっぱらカペシタビンが使用される)。

 海外では、カペシタビンが胃がんに用いられている状況に対してわが国では圧倒的にTS-1が処方されています。もしToGA試験でカペシタビンにトラスツズマブの追加の有効性が確認された場合、その結果がTS-1との併用に外挿されるかどうかは大きな問題です。

 加えて、もしも国際共同治験で、日本人の症例数が従来と比べて少ない状況で認可されたとするならば、今度は市販後の評価が大変重要になります。有害事象を、もっと今まで以上にきちんとする必要がある。しかしながら、厚生労働省の中でも認可を担当する部署と市販後を担当する部署は、違うわけです。今後は一貫した薬事行政が必要になると思います。

──市販後について、今はまだまだ十分ではないと考えていますか。

佐々木 まったく不十分です。少なくとも新薬については全例調査を行うべきです。世界で初めて日本で承認された新規薬剤であったゲフィチニブなどはとくに、全例調査を行うべきでしたが、最初はそれを行いませんでした。もしも全例調査をしたら、もっと問題が早く明らかになったかもしれないといえるわけです。

 対照的に乳がんの抗体医薬であるトラスツズマブは、その時点で、世界で何千例とデータはあったにもかかわらず、わが国では全例、市販後調査の対象になっています。行政のちぐはぐさ、薬事行政の一貫性の欠如が残念ながらつい最近までありました。今後は、このような教訓を踏まえて、新薬については広範に全例調査という網がかけられるようになると思いますね。

治験の負担を海外に
負わせるばかりでは良くない

──FDA追随型でいいのかと先生は指摘されましたが、一方でFDAの審査が世界標準となる実態がありますね。

佐々木 そもそも、わが国で新薬がタイムリーに世に出ない一つの大きな理由は、ドラッグラグであって、それは企業の戦略として、日本では治験をあえて最初に持ってこないという戦略をとったことが一番大きな要因なわけです。行政的な遅れというよりも、企業の戦略に起因している部分が非常に大きいと。

 そのため、それは極めて有効な薬の場合、日本の患者に届くのが遅れます。まったく無効な薬であったら、治験の負担を海外の患者さんのみに押しつけているという、両方の批判が出てきます。

──いずれの場合も批判の対象になるわけですね。

佐々木 そうです。ある意味で、これは防衛問題と同じ話ですよ。

臨床研究の新たな枠組みを
早急に整備すべきとき


──多数の新しい分子標的治療薬が登場する状況では、これまでの国内の臨床研究のスタイルも再考していく必要があるということです。

佐々木 日本には厚生労働省がん研究助成金指定研究班を中心とする共同研究グループの日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)があり、公的組織としてがん臨床研究を牽引してきました。しかし、使用する薬が、既に承認されていることが前提となります。今後、抗悪性腫瘍薬の半分以上が分子標的治療薬に置き代わるとするならば、その多くが認可されていない状況でJCOGのような枠組みが成り立つわけがありません。ですから、それは非常に切実な問題になってくると思います。

 それは2つの方法が考えられます。一つはJCOGの多施設共同試験に参加している施設、要するに質の高い施設が中心となって治験を組むという方法。もう一つは、米国立がん研究所(NCI)のように国立がんセンターが資金提供して、医師主導の研究グループに自由に未承認薬を臨床研究させるという方法がありますね。いまや世界のがん薬物療法のトピックスのかなりの部分がわが国では未承認の薬剤を含む新規治験であるのに対して、皮肉なことにJCOGでは最先端の研究をしようと思えば思うほど、臨床研究が成り立ちにくい状況になっています。

 このような欧米の後追い型の臨床研究の形態が続くと、臨床研究そのものがだんだん評価されなくなってきます。いわゆる臨床研究の重要性ということに対して現場の医師が認識しなくなってしまうからです。これは非常に大きな問題ですよ。

 日本で治験を行うことと、日本で行われた治験がオリジナリティを多く含んでいるということは別です。多くの治験というのは、へたをすると、海外のデータの後追い的な治験が主になって、研究者にとっての臨床研究の意欲をかき立てられなくなるのではないかと懸念しています。

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