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ルポ がん医療現場 国立がんセンター中央病院 [06 Winter]
がん難民量産工場の“汚名返上を目指す
緩和・在宅医療を強化する積極治療の総本山

2007/02/07
日経メディカル Cancer Review

写真1 国立がんセンター中央病院全景 今年4月から完全予約制に移行した。「最初の治療は大都市で受け、その後は地元で連携する」連携モデルを追求する(写真;清水真帆呂、柚木裕司)

 いわゆる“がん難民”の問題が起きるのは、積極的な治療がない末期がんの患者の行き場がなくなるためだ。「ともすれば、うちががん難民の量産工場の側面があった」と語るのは国立がんセンター中央病院長の土屋了介氏。

 最近、連携病院や在宅療養支援施設へのスムーズな紹介を目指すことを念頭に、院外医師との合同勉強会を開催するなど、汚名返上へ動き始めた。都会型緩和ケアの拡充に乗り出した同病院の行くえを追う。

 10月のある日の午後6時少し前。東京都中央区築地の国立がんセンター中央病院の特別会議室に、三々五々人が集まり始めた。当然のように白衣姿が多数派ではあるけれども、ニットのシャツに薄手のジャンパーを羽織っただけなどカジュアルな服装の男性群が混じる。ダークスーツにネクタイという集団も目を引く--。予定された「会議」が始まる6時には、集まった数は100人ほどになった。

 とりたてて、これといった特徴のない、普通の会議のようだが、実はこの会議、今年4月に院長に就任した土屋了介氏によれば、「国立がんセンター中央病院にとっては、まさに歴史的な転換点となる記念すべき会議」ということになる。

写真2 第一回緩和ケアチームと在宅医療合同検討会の風景 会議室前方、向かって右手に国立がんセンター中央病院と連携する病院、診療所の医師らが並んだ

 会議の名前は「第一回緩和ケアチームと在宅医療合同検討会」。前の会議が長引いて、予定より15分遅れて始まった会議の冒頭、会の筆頭発起人であり、会議の名称の命名者でもある手術部長で麻酔・緩和科推進対策室長の下山直人氏が主旨を説明した。

 「広義の緩和ケアを実践していくためには、在宅医療と緩和ケア病棟との連携は欠かせないものになっています。そのために患者情報を共有し、在宅医療の現場の声も吸収したい。一方で、在宅医療における難治性疼痛、苦痛に対するコンサルテーションなどで、国立がんセンターもお手伝いできるところはお手伝いしていきたい」。

写真3 会の筆頭発起人となった手術部長で麻酔・緩和科推進対策室長の下山直人氏

写真4 副院長の笹子三津留氏「がん難民」という言葉に異議を唱えた

 国立がんセンター病院といえば、積極的治療の総本山。ともすれば、治療を終えた患者へのケアには課題があると指摘されてきた。この点を踏まえて副院長の笹子三津留氏が次のように挨拶した。

 「(中央病院には)緩和ケア病棟がなく、治療を終えた患者さんについては地域にお願いしている。しかしお願いしっ放しはよくないし、批判も受ける。本当の意味で地域医療と連携していくために、そして理解ある先生に患者さんを紹介していくためにも勉強していきたい」。

 会議には欠席したが別の機会に話を聞いた土屋氏は直裁に語っている。「国立がんセンターを皆さんはいい病院だというけれど、治療を受けた患者さんに聞いてみれば、いろいろ不満が聞けるはず。一番の不満は治療を終えたあとのフォローが十分でなかったということ。いわゆるがん難民という言葉があるが、国立がんセンターはがん難民量産工場の側面があった。なによりもこの現状を改めたい」。

 そのために、同院がとった対策が、患者の受け入れ先である在宅医療支援診療所や地域病院の医師らを招いた第一回緩和ケアチームと在宅医療合同検討会だった。この日は、今後の方針を話し合うことに重きが置かれたが、交わされた議論は、緩和医療の現状と課題を浮き彫りにするものとなった。

写真5 麻酔科の服部政治氏 大分大学から10月に移籍した

「見捨てられ感をどうする」
「見放してあげないとかわいそう」


 「国立がんセンターへの注文を問う」形で始まった会議は、「国立がんセンターから来た患者さんの中に見捨てられ感が強い患者さんがいる」という有床診療所の医師の発言から、患者の心のケアが議題となった。「病気の治療に関する説明は受けているが、どのように生きていくべきかについてのコンサルテーションがなく、なおも新しい治療を求める声が多い」「なぜ自分が緩和医療にいるのかを納得していない人がいる」などの発言が相次いだ。

写真6 服部氏の講演の様子 会議では難治性疼痛対策としてくも膜下留置ブロックポートの有用性を紹介した

 発言が途絶えると司会の下山氏が、立川市で在宅ホスピス専門診療所院長の井尾和雄氏の発言を促した。井尾氏は開口一番、「みんな甘いですね」と言い放った。

 「国立がんセンターから紹介された患者さんが、一番、苦労します。みんな、余命告知されていない。自分に今後どのようなことが起こるのか、まるで知らされていない患者さんが多過ぎる。むしろ見放してあげないのもかわいそうですよ。余命告知をすれば、遺書も書き、旅行にも行けますし、患者さんは見放してくれたことを感謝する」。

 これを受けた形で、発言したのが前出の笹子氏。挨拶の穏やかな口調が消えていた。「医師の中には、治療の選択肢の1つが緩和だという人がいるが、緩和は治療の選択ではない。どこで死にたいかの選択だと理解すべき」。

 “がん難民”という言葉には医療システムの不備を告発するニュアンスが含まれている。一方で、現実的に「今よりもよい医療がこの世にどこかにあり、そこにたどり着きたい」という執着から、難民化している例も少なくない。

 笹子氏は言う。「がん難民という言葉が安易に使われ過ぎている。死から目をそむけている限り、患者は難民化する。人には寿命があり、その前提から、医師と患者が想いを共有することによって初めて、難民のない医療が実現する」。

写真7 会議終了後も話し込む姿がそこかしこで見られた(左;下山氏、右;川越氏)

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