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ルポ1 がん医療の現場
人材と時間はより多くの新患に注ぐ 医療の質と経営の質の二兎を追う
千葉県がんセンター

2009/01/16
日経メディカルCancerReview

 そうした閉塞状況を改善するために竜氏が打った手の数々を要約すると、「スタッフが担う業務の無駄を排除して単純化し、医業に専念できる環境作り」といえよう(図2)。象徴的なのが、手術件数の倍増を目標に掲げた手術の改革だ。そのために、例えば看護師が行っていた手術室の掃除を外部業者に委託、看護師が手術の準備と手術そのものに専念できるようにした。また手術日、診察日という日割りを廃止し、医師は毎日手術できる体制を整えた。改革の前提として手術室の稼働率を調べ、使われていない空白時間が多いことなどを現場のスタッフと確認し合った(図3)。手術件数を増やす一方で、困難な手術が連続しないようにという調整も行った。

 こうした改革の中で出された方針の1つが、冒頭で紹介した、スタッフは初診と治療に専念し、治療後のフォローアップは地域の医師たちに任せるという地域連携だった。「半年や1年前に予約が入ったフォローアップ患者を診察するために、すぐにでも治療しなければならない患者さんの診療が後回しになるのは不合理」と竜氏は指摘する。「初診患者をできる限り多く診る。飛び込み大歓迎がこのセンターの基本方針だ」という。もちろん、初診患者はすぐ診察し、検査し、その日のうちに治療方針を決定し、提示する。

 患者ごとにばらばらな治療が行われてきたことも、非効率の原因と見做し、疾患統一プロトコルを作成した。化学療法のレジメンも統一した。こうすることにより、事故を防ぎ、無用な出費を減らし、診療の結果を検証することも容易になる。こうした治療方針はプリントアウトして患者や家族にも提示する。

経営戦略部長の浜野公明氏。専門は泌尿器科。地域連携推進の旗振り役

現場の負担削減の鍵はIT既存システムの撤去を断行

 手術倍増などといえば、現場の労働負荷の増大が懸念される。そこで必要なのが、改革の透明性の確保とIT環境の充実により煩雑な事務労働、つまり医業から隔たった労働負荷を軽減することだ。このIT化には竜改革の真骨頂ともいえる事件があった。

 千葉県がんセンターには竜氏が赴任する前に既に電子カルテシステムが導入されていた。ところが、使い勝手が悪いというセンター長の判断で撤去したのだという。契約未了だったために違約金が発生したが、それでも撤去したほうが良いと判断したのだという。「1年後に使い勝手が良い電子カルテシステムを導入する」と計画、導入委員会を立ち上げ徹底的に検証し、現行のベンダーと契約した。導入に当たって、竜氏が出した条件は、経済的であること、クリニカルパスに対応できること、既存の院内システムと接続できることだった。

 並行して、電子カルテや電子オーダリングシステムを導入した全国の大学やがんセンターを視察して回った。行く先々で現場のスタッフに、「もう一度新規に導入できるとすれば、同じシステムを導入したいと思いますか」と声をかけたと同氏はいう。その反応も参考にベンダーを選定した。1年後、千葉県がんセンターの業務に合った電子カルテシステムの導入に漕ぎ着けた。

 「ベンダーとの意見交換の中で軋轢が生じることもあるが、むしろこれは必須条件と考えたほうが良い。最終的には医療への愛着があるかどうかがベンダー選びにとって大切な要素になる」(竜氏)。

平均在院期間が2週間に日常診療は臨床試験である

 IT化によってカルテ探しやカルテ運びという雑務が軽減できることは当たり前だが、加えて院内業務の質を簡単に可視化できるという点もある。同センターはDPCに移行しているが、得られたデータをほかの地域がんセンターと比較して、がんセンター全体の医療の質を上げる活動を始め、2007年12月には「がん医療の質の向上に関する究会」を立ち上げ、DPCデータを公表している。図4は直腸がんの術前、術後の在院期間を比較したものだ。千葉県がんセンターの在院期間が全国的に見ても短いことがわかる。ちなみに課題であった病床稼働率は94%から85%に低下している。

 また竜氏の口癖の1つが、「医師は日常診療から論文を書くべし」というものだ。プトロコルを立案して、日常診療の結果をその医師が筆頭著者となって論文で報告することによって医師の技能も医療の質も上がる。そのための支援技術として扱いやすい電子カルテシステムが大きく貢献することになる。

 竜改革は病院業務の細部にわたって展開されているが、基本方針は医業資源を初診と初回治療に集約するというシンプルなものだ。そのために業務の外注化、ITの駆使、プロトコルの統一などを有機的に組み合わせた。その結果、2007年度には3億3636万円の純利益へと黒字化に成功した。収支比率は84.8%と、81%程度を目標としていた経営陣の予想を上回るものだった。それでは今後千葉県がんセンターはどこを目指すのか。

不採算医療を排除してはならない

 竜氏は不採算医療の維持だと語る。「不採算だからといって、排除してしまっては、国民の医療への理解は得られなくなる。不採算だけど大切な医療を存続させることがセンター長の手腕。高収益の医療に人と資金を投じて収益を確保しつつ、収益性の低い医療を長持ちさせるというバランスが必要。」

 同氏の目下最大の懸念は、2007年に総務省が打ち出した公立病院改革にある。全国の多くの公立病院の経営が立ちいかなくなりつつある現状から、地方独立行政法人化や指定管理制度の導入、民間への事業譲渡などを提言したガイドラインが公表されている。実質目指しているのは、公立病院減らしであり、公務員減らしであると指摘されている。

 「日本のがん治療の成績は世界でも屈指のレベル。こうした医療水準を支えてきたのは公的な病院の努力なのに、総務省のガイドラインはそうした医療基盤の破壊につながる」と竜氏は憤りを隠さない。「私の希望はこうした改革と称した破壊活動を止めること。そのために千葉県がんセンターを地域がん医療のモデルとなるように努めたい。千葉県が変われば、日本も変わる」

改革のためにIT に通じた人材を重用した―― センター長の竜崇正氏に聞く

経営の改革に力を入れる理由を聞かれれば、その前にいた病院の経験が大きいと答えざるを得ない。スタッフは必死に医療に取り組んでいるのに患者や家族の不満が大きく、戸惑うこともあった。なぜかと突き詰めると、経営の問題に行き着いた。やりたい医療の姿が見えていても、経営の問題から十分に行えないケースが少なくない。患者、家族と同様にスタッフの側もストレスを抱えていた。医療改革は医療経営改革と切り離せない問題だと思う。

 公立病院の経営環境が厳しく閉鎖するところも出ていて、大きな社会問題になっている。誠実な医療を進める公的病院の疲弊は日本の医療の疲弊につながるので、こういう流れは食い止める必要があると思う。しかし、公立病院の経営母体である自治体に医療経営のプロが不足していて、しばしば誤った方針を指示してくる。病床稼働率を高く維持する、外部委託費をやみくもに削減するという方針は医療について知らない人間の発想だと思う。医療を立て直すには医療経営に通じた人材の育成が欠かせない。

 IT を日常診療に本当に役立たせることができるかどうかが、経営の改革にとっては欠かすことができないテーマだと思う。手術倍増などを打ち出したが、一方で労働負荷が増えないためにはIT の活用が欠かせない。電子カルテの設計や導入も、医療に情熱を持ったベンダーとともに進めていくことが大切だ。不具合を承知で導入して手書きのカルテと併用している例もあるようだが、これではIT 化の意味がない。

 改革しようとしても、院長1人が声高に唱えるだけでは何も改善しない。改革の意義を理解した人材を要職につけて、彼らの活動を院長として積極的にサポートするという体制を取った。IT に強いことも人材登用の基準の1つとした。(談)

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