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超高齢社会の医療とシステム(1)
心豊かに生きられる社会の実現と、価値観の変容の必要性

2009/08/17
東京大学高齢社会総合研究機構教授 辻 哲夫氏

 かつて、高齢であることはマイナスイメージで捉えられ、身体機能の衰えは人生の終着を意味していました。そのためにいつまでも身体的に元気な状態を維持しようとしてきたわけですが、一方において、先ほど述べたように身体機能が徐々に衰えるのは普通のことであり、どんな状態にあっても心豊かに、長生きしてよかったと思えるような個人と社会の在り方を、私たち1人1人が共有することが重要です。

─高齢者は、若い頃に比べれば身体機能は低下しますが、十分に活動的であり、消費生活を楽しむゆとりのある高齢者も少なくありません。だとすれば、企業も高齢者向けの商品を開発せざるをえなくなります。

辻:高齢になって身体機能が低下しても施設で介護を受けるのではなく、自分の家で自分らしく生きようとすれば、自立を維持しやすく消費活動にも参加します。例えば、弱っても旅行もしたい。そのために金を払って必要なものを購入します。お金は使うために必要なものを購入できるから価値があるのです。それは、高齢になっても自分らしく在宅で生き続けられるような社会でこそ実現できます。

 世の中には、若い人たちに向けた商品やサービスが数多く出回っていますが、高齢者に対する商品やサービスが少ないように思われます。世の中の幸せを増すためには高齢者向けの商品や在宅介護サービスを含めた様々なサービスをもっと充実させるべきです。高齢者向けの商品やサービスが拡大、発展すれば、これは経済の活性化につながります。

─すでにゲーム機の世界では、高齢者を対象にしたソフトが出回り売れ行きも好調だと聞いています。一部では高齢者マーケットが成立し、需要もあるとすれば、経済活動における価値観は実態経済の中で変容せざるを得なくなると思われます。

辻:公的財源についての論議も必要ですが、高齢者の自立を支援したり、高齢者向けのサービスを充実させることはサービス産業の成長につながります。そして高齢者向けのヒューマンサービスに従事することによって若い人たちが高齢者に対する理解を深めると同時に生きることの意味を学び、そのような構図の中で、若い人は賃金を得て結果として経済が成長していくような優しい社会。これが心豊かに生きることができる超高齢社会のイメージであり、そのキーワードが、「価値観の変容」です。

 すなわち、老いることが社会的に有用でないという価値観から、老いても幸せを求め社会で一定の役割を果たしつつ、弱ったらおしまいではなく弱っても自分らしい生活を続けることが大切だという価値観へとシフトしていくことが必要です。このような価値観は、若年者もやがて老いて身体的機能が低下するという自明の前提にたてば、すべての人が容易に共有できる価値観です。

─高齢者の社会での役割とはどのようなものだとお考えですか。

辻:お年寄りは社会での役目を終わったのだから、隠居生活に入ればよいという考え方では、社会も高齢者に役割を期待しなくなります。そのような社会では、高齢者はすでに役割を終えた人間として生きていく他ありません。人間の身体機能は使うことによって維持されますから、必要とされない存在とみなされ、高齢者もそのように自覚してしまえば、ひきこもりがちとなり身体機能はますます低下することになります。

 

 高齢者が、何らかの形で役割を持ちながら地域で人と交流する。例えば、公園で地域の子どもたちの安全を見守る。それだけでも、高齢者は、地域社会で重要な役割を果たしているかけがえのない存在といえます。高齢者が何らかの形で自分らしく地域社会で生をまっとうすること、それによって高齢者が幸せを感じ、やがて若年者もそのようなお年寄りのケアなどに携わる中から生きることの意味を学び未来に向かっていくことができるような社会を目指して、私たちの価値観の変容が必要です。それは、成熟した国にふさわしい優しい心豊かな社会を目指すということだと考えます。

 さまざまな領域の人たちが、持続可能な超高齢社会とはこういうものだ、というイメージを共有し、超高齢社会の課題を1つひとつ乗り越えて、日本を可能性に満ちた超高齢国にしていくことで、アジア諸国のよいモデルになりたいものです。

(第2回に続く)

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