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卒後臨床教育のあり方を問う(2)
限りなく客観的な判断が求められる医療が独善的にならないために

2009/04/08
独立行政法人国立病院機構・京都医療センター院長 藤井信吾 氏

─かつて医師と患者の関係は「寄らしむべし、知らしむべからず」の関係でした。患者は、専門家である医師の言うことを聞いていればいい。疑問など口に出すな、というほどの意味だと思いますが、独善的になると、パターナリズムに陥りやすいですね。

藤井 独善的な医師がよく口にするのは「自分はこれでよいと思った」です。大変都合のよい言葉です。逆に「患者さんが希望していたので・・・」という言葉も、患者さんの権利を尊重しているかのように聞えますが、言い訳の言葉です。しかも、独善的な医師は、「自分はこれでよいと思った」という言葉が言い訳の言葉あることを自覚していません。

 薬剤処方、手術その他医師には大きな裁量権が与えられていますが、「自分はこれでよいと思った」といって医療行為を行うまでに、どれだけ客観的な思考を重ねた結果であるのかが問われます。医療には「限りなく客観性の高い判断」が要求されるのです。

 客観的な判断には、他人の意見を聞く謙虚さと、常にup to dateな医療情報を入手しようとする医師の向上心が必要ですが、このような基本的な姿勢は学生時代そして医師になった最初の時期に教育しなければなりません。医師自らが啓発する客観性獲得への向上心の持続が医療の根本的な質を改善し、生涯現役医師として活躍するための根幹であると考えています。

先輩医師のお節介で維持されてきた卒後臨床教育

─2004年にスタートした新卒後臨床研修制度では、2年間の研修が義務づけられていましたが、医師不足解消を目的に、2年目から専門科の医師として働くことを可能にするような見直しが行なわれています。新卒後臨床研修制度は、わずか6年で転換点を迎えたわけですが、卒後臨床教育をいかにすべきか。先生のお考えをお聞かせください。

藤井 大きなテーマですが、新臨床研修制度は、卒業後に専門が決まらないまま、足が地につかない状態で各診療科をローテートしています。これでは、何を学べばいいのかが明確になりません。自分が進むべき進路を決めて研修に入れば研修医のモチベーションはずいぶん違うはずです。

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