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卒後臨床教育のあり方を問う(1)
医師になるということ。専門を選ぶということ

2009/03/28
独立行政法人国立病院機構・京都医療センター院長 藤井信吾 氏

─授業が再開されたのは?

藤井 1970年1月でした。卒業は半年遅れの1971年の9月。3年間で学ぶことを1年半で学ばなければなりませんでしたから猛然と勉強しました。人生で最も勉強した時期でした。それで、国家試験には合格しましたが、患者さんの前に立って恥ずかしくない医学知識をもった状態であるとは思えませんでした。

 そういう忸怩たる思いがあったせいでしょうか、医師になって最初に誓ったのが、初心すなわち研修医という医師として最もウブな現在の自分自身の心理状態を一生持ちつづけようということでした。そして、先入観を持たず常に白紙の状態で臨床にのぞもうと決意しました。

─先生は1971年の11月に産科学婦人科学の医局に入局されましたが、なぜ産婦人科を選ばれたのですか。

藤井 私を自分の医局へと誘ってくれる先生がいたからという単純な理由です。それを私はかけがえのない一期一会だと感じて西村敏雄先生の医局に入局しました。

 私の経験から言えば、専門を選ぶのはどのような理由でもかまわないと思います。大切なことは、選んだ診療科で一人前の医師になるために何を学び、専門の知識と技術を身につけるためにどのような経験を積むべきかを考えることです。良い医者になるためには、常により高い目標に向かうモチベーションを持ちつづける必要があります。専門が決まればそのモチベーションに向かって邁進したらよいと考えています。

教育のない臨床現場に人は集まらない

─医局で専門的な知識を学んでから関連病院に赴任されたのですね。

藤井 私の時代の臨床研修制度では、6年間の医学教育が終わるとそれぞれの専門領域に分かれた医局に入局し期間限定で地域に派遣され地域医療を担います。私が赴任したのは市立伊勢総合病院で、卒業して3年目からのことでした。1人医長として一日80人から130人の外来患者を診察しました。分娩数は年間1000件におよび婦人科開腹術は年間250例に達しました。

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