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第7回 ドイツで体験した沈黙に対する感覚の違い

2009/12/15
南野陽子(なんの ようこ) ピアニスト

私がコミュニケーションの中でいつも悩むことのひとつに「自分の考えを伝えること」と「相手の考えに耳を傾けること」のバランスがあります。

あまり自分の意見ばかりを主張し過ぎても相手には受け入れてもらえない。と言って相手の話に耳を傾けているだけでは自分の考えを伝えることが出来ない。このような困った状況に遭遇した経験は、みなさんもあるのではないでしょうか?

今回は私がドイツの音楽大学で学び始めた頃に体験した、ドイツ人と日本人の「沈黙に対する感覚の違い」に関するエピソードをご紹介したいと思います。

驚いたドイツ人教授の言葉


それはドイツ・ミュンヘンの音楽大学に入学して2カ月ほど経った頃の出来事でした。ピアノの実技試験で演奏する曲を早めに決めておきたいと思った私は、新しく師事することになったばかりの教授に相談することにしました。おおよそのプログラムは自分なりに考えていましたが、教授ならではの意見や考えがあればぜひ参考にしたいと思ったからです。

試験まではまだかなりの日数がありましたが、ヨーロッパでは試験に限らず何事も、自分で積極的に進めない限りなかなか前に進みません。私はミュンヘンに移る前は、既に同じドイツ語圏である隣国オーストリアのウィーンで5年間ピアノを勉強していました。その時の様々な失敗経験から、何事も早めに自分で手を打つ習慣が身についていたのです。

私はレッスンの際に「試験のプログラムを決めたい」という旨を教授に説明した上で、「どのような作品が、私にとって適切だと思われますか?」と質問しました。

すると教授はこう答えました。「自分にとって最適なプログラムを考えることは、ピアニストにとって一番大切な仕事のはずです。それをどうしてあなたは私に委ねるのですか?」

「え?」思いがけない展開に驚きながら、私は「いえ、そうではなくて…」と質問の意図を伝えようとしました。しかし、教授は反論している私の言葉をかき消す勢いで「試験のプログラムというものは、教授である私が決めるものではありません。あなたが自分で勉強したいと思う作品を選んで決定するものです。なぜなら…」と、自分の意見を止まるところなく述べ続けるのです。

私は仕方がないなと思い、こうなったら教授の意見を最後まで聞いてから自分の意見を伝えようと考え、その言葉に耳を傾けていました。

すると、黙って話を聞いている私を見た教授が「どうしてあなたは自分の意見を言わないのですか?私と話し合いをする意思がないのですか?」と言うではありませんか?

その言葉にさすがの私も「とんでもない誤解を受けてしまったらしい」ということに気がつき、ピアノの椅子から立ち上がって真剣に反論しました。

「私は自分で試験のプログラムを考えていないわけではありません!ただ、せっかく今学期から師事させて頂いている教授の意見を参考までに聞かせて頂きたかったのです!」

すると、教授はあっけないくらい簡単に納得して「そうですか。それなら問題ありませんが、先程のように黙ってばかりいてはドイツでは話し合いに対する意思がないと受け取られてしまいますよ。」と私に向かって忠告しました。

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