日経メディカルのロゴ画像

第5回 ウィーンの高校で体験した“理想のコミュニケーション”

2009/11/17
南野 陽子(なんの ようこ)  ピアニスト

前回、私が初めてラテン語の授業を受けた時の話をご紹介しましたが、ラテン語に関してもう一つとても印象に残っている話があります。

学生による署名運動


ある日のこと、私は当時通っていたウィーンのギムナジウム(高等学校)の校内で一枚のビラを受け取りました。内容を見ると「現在必須科目となっているラテン語を、フランス語かイタリア語に変更してほしい」という学生側の要望を学校に交渉するための署名運動を行なっているとのことでした。

私自身は語学の勉強が好きだったのですが、英語やドイツ語など他の言語と比べて、ラテン語にはあまり意欲が湧くことがありませんでした。それはラテン語が現在では主に宗教や学術的な研究等にのみ使用され、日常に話し言葉として使われることがないためです。せっかく学んでも英語などのように習得の成果を実感出来ないのです。自分にとってラテン語を学ぶ意義を感じられなかった私は、これぞまさに「渡りに船」とばかり、進んで署名運動に参加しました。

学長と学生達の対話


署名が提出されてから2週間ほど過ぎた頃、ギムナジウムの学長が全学生を集めての緊急集会を開きました。私は「もしかしたらラテン語の授業が変更になるかも‥」との淡い期待を胸にホールに向かいましたが、学長は壇上に上るなり「ラテン語に対する君達の意見は理解しましたが、私は君達の要求に応じるわけにはいきません。」と切り出しました。

そしてオーストリア人にしては小柄で普段は柔和な感じの学長が、この時ばかりはとても真剣な表情で「人生において無駄な勉強など何もありません。ここはギムナジウム(高等学校)で、実用だけではなく教養を身につける場所です。」と全学生に向かって語りかけました。ラテン語を習得することを通じて古典文学や歴史的文献に触れることが教養を身につける為にどれほど重要であるかを、判りやすく理路整然と述べたのです。そして演説の最後に「このギムナジウムで学んでいる間は、教養のベースとなるラテン語をじっくり身につけることが重要です。そうすればその流れを汲むフランス語やイタリア語を将来習得するのも容易になることでしょう」と締めくくりました。

  • 1
  • 2
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

この記事を読んでいる人におすすめ