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第2回“ユダヤ系ポーランド人”大家さんの教え

2009/10/06
南野 陽子(なんの ようこ)  ピアニスト

10代から国際舞台で活躍を続けるピアニストの南野陽子さんが、自らの体験を基に医学生、研修医に贈る、好奇心を刺激して役に立つコラム。第2回は、“ユダヤ系ポーランド人”の大家さんから、あることを学ぶお話。

みなさんは「自分探し」をされたことがありますか?
あるいは今現在「自分探し」をされている真っ最中でしょうか?

敷かれたレールに反発を覚えた20歳の頃


私の10代、20代は周りの人からまるでノマド(Nomad)のようだと言われていました。ノマドとは遊牧民のこと。彼らは牧畜に必要な水と草を求めて常に移住します。自分にとってのよりよい環境を求めて移動するその頃の私の姿はまるで遊牧民のように見えたのでしょう。

15歳でウィーンに留学して5年。恵まれた環境にいたものの、私は20歳になっても先生の敷いてくれたレールの上を歩くだけの自分に対して疑問を感じるようになっていました。その頃の私には「失敗してもいい、自分だったらこうしてみたい」と思うことが沢山あったのに、いつも敷かれたレールの上を歩くだけで、何一つ実現出来ていなかったからです。悩んだ末に私は思い切って自分の環境を変えてみることにしました。

決断後、私は今の自分にとって最適だと思える新しい環境を探し始めました。ヨーロッパを横断するインターシティ(国際列車)を乗り継ぎヨーロッパの様々な都市へ。人脈もコネもなかった私は直接各地の音楽大学に足を運び、沢山のレッスンの聴講をしました。素晴らしいと思った先生には「私の演奏を聴いて下さい!」とその場で直談判です。

最終的に私は、ドイツのミュンヘン音楽大学の先生に師事することに決めました。編入学試験を受けて合格。私の自主性を尊重する新しい先生の方針のもと、水を得た魚のような気分で、長年の目標だったピアノリサイタルをウィーンで開催することも出来ました。

“居場所がない”と感じるのは、自分だけ?


ところが、その一年を通してあまりに頑張り過ぎた私は燃え尽きてしまいました。夏休みに日本に一時帰国したものの、どうしてもミュンヘンに戻ってまた頑張る気力が湧いてきません。思いもかけなかった自由と引き換えに担う自己責任の重さに、逃げ出したい気持ちだったのです。結局、私はずるずるとヨーロッパに戻る日程を伸ばし続けました。

3カ月も日本に滞在し、ようやくミュンヘンに戻った時には既に10月でした。すると長い間不在だったため、アパートに戻っても料金不払いにより電気も暖房も止められているではありませんか。

その時、私が戻って来た気配を感じて、向いに住む大家さんが出てきました。私の惨状を知った彼は「今夜はうちに泊まりなさい」と言ってくれました。

暖かいリビングに通された私は、日本に一時帰国したまま戻らない私を心配していた彼に今の自分の状況を包み隠さず説明しました。その上、精神的に弱っていた私はつい「自分には世界中のどこに行っても居場所がない気がする」と弱音を吐いてしまったのです。

するとそれまで黙って私の言うことを聞いていた彼が急に「私にはあなたの悩みが痛いほどよくわかる、それは私達ユダヤ民族の永遠の課題でもあるんだよ。」とつぶやきました。そして彼自身について、80歳を超えているとはとても思えないほど熱く語り始めたのです。ヨーロッパでユダヤ系ポーランド人として生きて来た彼の人生は波瀾万丈で、その苦労は筆舌に尽くしがたく、私は長旅の疲れを忘れてひたすら彼の話に聞き入りました。

どれくらい話に耳を傾けていたでしょうか。ようやく話が終わった頃、彼は私に向ってこう切り出しました。
「君はこの広い世界の中で、自分自身や自分の居場所を探しているようだね。」
「でも」と彼は私に向って力強く言い切りました。
「それは決して探すものではない。君は芸術家だからよくわかるだろうが、どんなに大変で、どんなにつらくても、自分自身で生み出すものだよ。」

私はあまりの衝撃に返す言葉もなく、彼の顔を見つめながらただ黙ってうなずきました。

自分とは探すものではなく生み出すもの


もちろん大家さんの言葉を聞いて「自分探し」の結論がすぐに出たわけではありません。ある意味で私は今でも精神的に遊牧民のままです。また、「自分とは探すものではなく生み出すもの」という言葉は、時にはあまりに大変で自分自身に重くのしかかることもあります。

そんな時、私はいつもより沢山の人に会い、本を読み、様々なメディアから多くの情報をインプットすることを心掛けます。このような事をしばらく続けると必ず「これはいいな」とその時の自分のアンテナに引っかかる事例を見つけることが出来るからです。そしてそれを自分自身に当てはめてみて「私だったらこうしてみよう!」という小さな一歩から、新しい自分を生み出す事を、また始めてみるのです。

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