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各科診療域のスペシャリスト・インタビュー
未来の教科書に載る外科医療を!国内初の「高度医療」認定を受けた北の“鉄人”
第3回 岩手医科大学外科学教室 若林 剛教授

2009/11/24
岩手医科大学外科学教室 若林剛教授

岩手医科大学外科学教室 若林 剛 教授
1957年東京生まれ。1982年、慶應義塾大学医学部卒。1988年から91年まで3年間、米国のハーバードメディカルスクールに留学。その後、川崎市立川崎病院に勤務後、1993年から慶應義塾大学外科学教室助手。その後、1994年にベルリンの自由大学、2001年には、米国マイアミのジャクソン記念病院に短期留学。2005年9月から、岩手医科大学第一外科教授。翌06年7月に外科系講座の再編により、同大外科学講座全体の主任教授となる。日本外科学会、日本消化器学会、日本肝胆膵外科学会など日本を代表する30の学会に所属し、そのほとんどで理事、評議員などの役員を務める。国際学会3学会にも所属。2008年、ベストドクターズ(Best Doctors in Japan)にも認定された。

新臨床研修制度の導入以来、研修医の不足に悩む病院が多い中、ここ3年ほどで、外科学教室への入室者を倍増させた大学病院がある。岩手医科大学病院(以下、岩手医大)だ。同大学では、2005年9月に、慶應義塾大学(以下、慶応大)から若林剛氏を教授として迎えた。翌06年7月には外科系講座を再編し、肝・胆・膵・移植、食道・胃、大腸、乳腺・甲状腺から小児外科、内視鏡外科、一般外科までカバーする、国内でも最大級の規模の外科学教室を作った。そのトップとして教室を牽引する若林教授は、慶応時代から手がけてきた生体肝移植を岩手県で初めて実施するなど、数多くの先端的な医療を積極的に導入した。一方、旧来の医局制度の改革にも取り組み、透明性の高い、開かれた外科学教室を作ることで、日本全国から医学生、研修医を集める教室作りに力を入れている。今年春からは、臨床研究だけで学位が取得可能な新システムも取り入れた。その若林教授に、慶応大から岩手医大に転じたキャリア選択の背景、外科学教室改革のねらい、高度医療・先進医療を手がける意義について聞き、新臨床研修制度導入後の医療現場の変化についてのご意見や、若い医学生・研修医のキャリア形成に関する助言、メッセージも寄せていただいた。

肝移植の手術を続けるために
“混成チーム”の岩手医大へ


――慶応大病院の時代には、肝臓を中心に、とにかく数多くの手術を手がけられていました。表情も身のこなしも非常に精悍で、アグレッシブなアスリートという印象でした。

若林 本当に、当時は手術ばっかりしていましたよね(笑)。僕は慶応時代に、年間230の手術をして、ベストスタッフの表彰を受けたこともあるんです。コメディカルを含めた医療スタッフ間のチーム医療、患者へのインフォームド・コンセント、クリニカル・パス作成やDPC(診断群分類包括評価)にも力を入れました。おかげで、日本全国から患者が集まってきて、肝移植も含めた、慶応の胆肝膵の手術数は年間400症例にものぼりました。

――その半分は先生が手がけられていた。まさに“鉄人”ですね。それが2005年に、岩手医大に転じられました。岩手医大は、慶応の関連病院というわけでは?

若林 違います。特別な交流もありません。ただ、もともと教授選というのは、どこの大学でも、原則として全国公募なんですね。とはいえ、多くの場合は、母校を卒業した人しか、なかなか教授にはなれないのが実情です。例えば東大医学部の教授で、東大卒以外の教授は2割もいないと思いますよ。その点、岩手医大の場合、幸いなことに、東北大出身が3分の1強、岩手医大出身が3分の1弱、ほかは他大学の出身者で、いわば混成チームなんです。これはありがたい環境でしたね。

――米国の大学では、母校出身者の教授のパーセンテージを意識的に抑えて、ほかの大学の出身者を入れるそうですね。

若林 僕は、米国に何度か留学したことがありますが、例えばハーバードでも、ハーバード出身者は半数以下に抑えています。そんな形で、上限を決めて、異分子を入れ、組織を活性化しようとする。医師の側でも、ステップアップするためには、どこにでも移って行く。東海岸から西海岸に移るなんて平気ですからね。

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