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スペシャルインタビュー シリーズ「ワクチンの現状と将来を考える」 第2回
ワクチンラグと、海外渡航ワクチンの課題
川崎医科大学医学部小児科学主任教授・日本渡航医学会理事 尾内一信 氏

2010/05/27
聞き手:日経BP社BPnet編集プロデューサー 阪田英也 構成:21世紀医療フォーラム取材班 桶谷仁志

観光客の受け入れ増のためにも、感染症対策が不可欠


――他に未認可の問題はありますか。

尾内 個人輸入のワクチンの場合は、補償制度がないんですね。何らかの補償制度がないと、ワクチンの品質も担保できないし、もしも副作用が起きて、それが重篤の場合にも関係者がみな不幸になる。認可されていないワクチンを、個人輸入で打った医師も不幸だし、接種して副作用が起きた人も不幸。

もしも認可されていれば、医薬品医療機器総合機構による補償は受けられる。せめて、その状態まで持っていくのが、当然なのではないでしょうか。日本人は年間1700万人もが海外に出て、その半分以上はアジアなど感染症のリスクが高い途上国、新興国を訪れています。その人たちに、本人が希望すれば、感染症から自分の体を守れるようにしておいてあげるのが、当たり前なのではないでしょうか。

――定期接種にする必要はないのでしょうか。

尾内 当面は、認可し、自費で任意接種できる体制を整えるだけでいいと思いますね。海外に渡航した人にだけ、メリットがあるワクチンですから。ただ、できるだけ早く認可し、ワクチンの供給と接種できる病院の環境は、整えなければダメです。例えば、認可されているものでも、狂犬病ワクチンは、供給量が全然足りない。だからJICAの派遣者であっても、接種者が少ないのだと思います。

狂犬病の脅威はまだまだ世界中に残っています。日本は、この数十年間、狂犬病が国内で発症していない稀有な国です。米国、英国でもほかの主要先進国でも、狂犬病は発生しています。WHOの推定ですが、インドでは、毎年に1万人くらい狂犬病で死んでいますし、中国では年間3000人死んでいます。狂犬病は、発病すると100%死亡する恐ろしい病気です。

予防のためには、犬に噛まれる前にワクチンを打って、抗体を作っておく。万一噛まれた場合は、24時間以内に、グロブリンという抗体を打ち、その後も、一定期間ごとにワクチンを打たなければなりません。この狂犬病ワクチンは、日本では、九州の化血研というところ1カ所でしか作っていません。それも年間5万ドースという少量なので、足りなくて困っています。こういう場合には、やはり政府から何らかのサポートが必要でしょうね。

――マラリア、デング熱のワクチンもあるのですか?

尾内 マラリア、デング熱は、感染者は多いのですが、ワクチンはまだありません。開発中です。マラリアのワクチン開発は、現在フェーズⅢまで行っていて、もうすぐ認可されるのではないでしょうか。マラリアにはいくつか種類があって、「熱帯性マラリア」というキツイ病気にかかると、熱が出て、だいたい1週間後には多臓器不全で亡くなる。2~3日で繰り返し熱が出る、いわゆる「3日熱」と言うマラリアとは違って、この「熱帯性マラリア」にかかったら、しっかり治療しないと助かりません。

一刻も早く、「抗マラリア薬」を飲む必要があります。ところが、日本には、よく効く「抗マラリア薬」があまりない。生産されていませんから、未認可のワクチンと同じで、自分で何とかしないと手に入らない。新山の手病院(前国立感染症研究所感染症情報センター)の木村幹男先生が、厚労省研究班の研究費で、よく効く「抗マラリア薬」を買って、ストックしてある。

「熱帯性マラリア」が疑われる患者がいれば、研究班から、その医療機関に送るという形になっています。医療機関で、ちゃんと「熱帯性マラリア」と診断されて、この「抗マラリア薬」を飲めば命は助かります。逆に、受診した医師が、マラリアのことをよく知らなくて、例えばインフルエンザと診断して、抗インフルエンザ薬や抗生物質を処方されていたら、1週間後に亡くなります。

――なるほど、海外渡航ワクチンやマラリアの側から見ると、日本はまだまだ“鎖国”の状態なんですね。アジアや新興国に多い感染症に対する知識を広げ、セーフティネットを構築していかないと、アジアの労働者や観光客を受け入れる資格もないかも知れない。いわゆる国際協力の現場でも、遅れをとりそうですね。

尾内 国交省の「ビジット・ジャパン・キャンペーン」には、観光のための通訳を増やすなどの施策はありますが、医療への配慮はない。中国をはじめアジアからの観光客をもっと増やそうというのなら、彼らが持ってくる可能性のある感染症を診ることのできる医師を増やす、あるいは各国語のできる医療通訳を増やすなど、医療面の体制をもっと充実させる必要があると思います。

もちろん、海外渡航ワクチンを認可し、20年間も8種類のままになっているワクチンの定期接種を増やすなど、“鎖国”を解いて開国するために、やるべきことはたくさんあります。例えば子宮頸がんを防ぐヒトパピローマワクチンは、ぜひとも早めに定期接種にすべきでしょう。思うに、日本人の専門家には鳥瞰図的な視野で、全体を見られる人が少ないのかもしれません。新型インフルエンザワクチンのタミフルは、全世界の70%を日本だけで使う構図になっています。これは異常です。マスコミのヒステリックなミスリードにも、罪があるのかもしれません。

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