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スペシャルインタビュー シリーズ「ワクチンの現状と将来を考える」 第2回
ワクチンラグと、海外渡航ワクチンの課題
川崎医科大学医学部小児科学主任教授・日本渡航医学会理事 尾内一信 氏

2010/05/27
聞き手:日経BP社BPnet編集プロデューサー 阪田英也 構成:21世紀医療フォーラム取材班 桶谷仁志

日本のワクチン開発の現場は今も“鎖国”状態


――日本では、なぜ、ワクチンラグが大きくなったのでしょうか?

尾内 1つ目の理由は、事務処理能力の問題で、PMDA(医薬品医療機器総合機構)が対応しきれなかったということがあるでしょう。スタッフの数が少なくて、新しいワクチンができても、うまく処理しきれなかった。もう1つはより重要で、国策として、薬の自給率を上げようという方針があったことです。

例えば、昨年話題になった新型インフルエンザ向けのワクチンでも、国産のワクチンがなくて、海外輸入しか方法がなかったら、戦争になった場合はどうするのか。日本が輸入できるという保証はありません。ですから、日本の国民の安全のために、ある程度は、自給できるようにしておかなければならない。こうした方針自体は正しいと思うのですが、国産を大事にするあまりに、ワクチン“鎖国”のようになってしまったのですね。そのため、日本メーカーの足腰が弱くなり、ワクチンの開発力が落ちてしまった。国際競争力がなくなりました。

――以前は、日本にも「ワクチン開発力」について、国際競争力があったのでしょうか。

尾内 1980年頃までは、日本は世界でも最先端のワクチン開発国だったのです。例えば水疱瘡のワクチンは日本産で、今は世界中で使われています。3種混合ワクチンとして知られているワクチンの3種というのは、ジフテリア、破傷風、百日咳ですが、このうち百日咳は日本のワクチンです。このワクチンも今も世界中で使われている。そういう優れたワクチンが1970年代には盛んに開発されていたのです。

ところが、現在は大きく差がついてしまった。例えば日本のメーカー5社が集まっても、ワクチンの売上高は600億円に過ぎない。ところが、世界では、GSK(グラクソク・スミスライン)1社で4500億円売り上げている。彼らが開発したワクチンは世界中で販売されていますが、日本メーカーが生産したワクチンは、日本国内でしか使われていません。そこで差が付く。やっぱり、競争がない“鎖国”はダメなんですよ。

――ワクチンラグの原因として、医療費(保険医療費)の削減という方針も影響していたのでは。

尾内 それは、あまり影響はなかったのではないでしょうか。実際、長期的に見ると、ワクチンを認可し、定期接種(接種の努力義務が課され、多くは無償で接種できる)にすれば、医療費はむしろ削減できるのです。日本では、1985年以来、定期接種のワクチンは8種類(ジフテリア、破傷風、百日咳、麻疹、風疹、日本脳炎、ポリオ、結核)のまま変わっていません。

一方、米国では、同じ85年に7種類だったものが、今は16種類(日本の8種類に加えて、、B型肝炎、A型肝炎、インフルエンザ菌、ヒロパピローマ、肺炎球菌、帯状疱疹、ロタウィルスなど)に増えています。米国では、民間の保険会社が医療保険をカバーしていますから、ワクチンの定期接種を導入する場合に、疫学的見地よりも、医療経済的な数字が重視されます。

ワクチンを導入しなければ、将来的に保険加入者が発病し、その際に医療費がかかる。その医療費とワクチンの定期接種にかかる費用を比較して、ワクチンによって将来的な医療費が節減できると考えられる場合に限って、保険会社はワクチンの定期接種(無料の接種)を認めます。つまり、米国で導入されている定期接種のワクチンは、医療経済的に優れていると認められたものばかりだと言えます。

――米国では、日本のように皆保険になっていないからこそ、定期接種の導入が進んだとも言えるかもしれませんね。

尾内 あとはワクチンの場合、危機感が共有しにくいという面もありますね。抗がん剤のような薬であれば、当面の治療に直接的な影響がある。ワクチンの場合は、そこまで深刻には見えない。あるワクチンを、今日接種しないからといって、明日になったら、人が死ぬというわけではない。日本の1歳未満の赤ちゃんの人口は約100万人ですが、細菌性髄膜炎を発症するのは、そのうちの約600人。亡くなるのは30人程度です。とはいえ、4人に1人は重い後遺症で苦しんでいますし、それが20年近く積み重なると、さすがに問題化してきた。「細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会」による陳情などが功を奏して、2007年に認可が実現したのです。

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