
「カテニオン」上席取締役
クリスティアン・エルツェ氏
サイエンス、テクノロジー、医学に精通する専門家集団を抱え、医薬、処方箋薬、診断薬、医療機器など、メガ・ファーマが取り組む事業に対して、様々な事業戦略コンサルティングを行う「カテニオン」。その上席取締役であるクリスティアン・エルツェ氏が来日した。エルツェ氏は、日本の製薬メーカーの研究開発予算の大きさに着目、そこに「カテニオン」のビジネスチャンスがあると考え、2年ほど前から積極的に、日本の製薬業界へ接触を図ってきた。
現在、「カテニオン」の拠点オフィスは英国・ロンドンにあるが、近いうちに日本にもオフィスを構える予定。今回の取材では、エルツェ氏に、「ワールドワイドの医薬品産業におけるカテニオンの役割」「英国、フランス、ドイツ、米国それぞれの医療政策の問題点」、そして、「日本の抱える医療問題への解決試案」について、語っていただいた。前半は、エルツェ氏講演の採録、後半はインタビューの構成となっている。
(聞き手:日経BP BPnet編集プロデューサー 阪田英也、構成:21世紀医療フォーラム取材班 原田英子 通訳:長井聡子)
「イノベーションに必要な3要素と、
バイオメディカル・イノベーションを生む3要件」
~エルツェ氏講演から~
カテニオンの提供しているサービスは、大きく2つに分けられる。1つは、「企業の戦略策定」「M&Aや組織再編」などマーケティングやシステム構築の分野。いま1つは、R&D分野で、「創薬から研究開発までの戦略策定」「R&Dの組織モデルの構築」「R&Dのポートフォリオの最適化」などである。
個々のプロジェクト、個々の製品にかなり深く踏み込んで精査し、その上でコンサルティングする点が、クライアントから高い評価を得、この数年間で扱ってきた案件は700件を超える。扱う医薬品の種類も、「低分子化合物」から「ワクチン」、さらには「生物製剤」までをも守備範囲とし、治療領域も多岐にわたっている。
「医薬品のイノベーションが最も大きな仕事ですが、イノベーションに必要な要素は3つあると考えています。まずは、『創造性に富んだ個人』。つまり、優れた科学者やメディカルドクター(MD)、生化学者など。そして、『創造性を発揮し活躍できる場』。それは、官僚的でない組織とより広い意味での環境を意味します。3つ目は、『バイオ医薬品のイノベーションをつくるための体制』です」と、エルツェ氏は語る。
19世紀に活躍したフランスの著作家・ゴビノーは、いつの時代にもクリエイティブな人がいるにもかかわらず、ある時代、ある特定の地理的条件のもとでクリエイティビティが開花しているのはなぜかという考察に取り組んだ。
この考察の中でゴビノーは、ある特定の地理的条件のもとでクリエイティビティが開花した理由を、“いくつかの条件が揃ったからだ”としている。その条件とは、例えば「その地域に富が集中していること」「富裕層が数多くいること」「クリエイティビティを重んじるパトロンがいること」「国民に新しいものを待ち望む機運があること」、そして、「頭脳が集中していること」だという。
一例として、15世紀のコンスタンチノープルの陥落では、ギリシャからイタリアに頭脳流出が起きた。そして、第2次世界大戦後のアメリカで見られたハイテクやバイオ領域でのイノベーションの開花の理由は、ドイツの科学者たちがナチズムに追われたことである。
では、日本のバイオメディカルのイノベーション体制はどうなっているか。
「バイオ医薬品の領域でイノベーションを生み出すために必要な要件として、3つあります。それは、『科学技術の体制』『医療制度』、そして『処方箋医薬品を出す民間の製薬業界』の3つです。まず、『科学技術の体制』については、サイエンスの基盤として日本は、非常に強いものを持っているし、トップクラスのグローバルサイエンスへの参加もある。良い大学も、サイエンスの修了生もたくさん輩出しています。
『医療制度』については、いろいろ問題はありながらも、世界の中でも大変優秀な制度があります。国民皆保険制度であるということ、そして、患者の医療へのアクセスが幅広く、アウトカムもとても良いので、寿命は世界一を誇っています。コスト効果も比較的高く、アメリカとヨーロッパのほとんどの国と比しても優れたものがあると思います。
『医薬品業界』についても、過去数十年間の間に、さまざまな化合物を創薬してきた実績があると思います。ただ、日本発の化合物であるということがあまり目に見えてこない。それはなぜか? 創薬は日本で行っているが、臨床開発はアメリカで行っているケースが多いからです」と、エルツェ氏は指摘する。