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スペシャルインタビュー シリーズ「ワクチンの現状と将来を考える」 第1回
インフルエンザ出現のメカニズムとワクチンの意義
北海道大学大学院獣医学研究所教授・人獣共通感染症リサーチセンター長 喜田 宏氏

2010/04/12
21世紀医療フォーラム取材班 GoodDoctorNET編集 桶谷仁志

――人の予防用ではなく、鶏にワクチンを打つのですね。

喜田 そうです。鳥インフルエンザワクチンは、重症化または発症を抑制する免疫を与えるけれども、感染防御能は与えません。だから、ウィルスはずっと生き残り、火種は消えない。鶏にワクチンを打つと、排泄ウィルスは少量になるので、環境中のウィルス濃度は下がり、人への感染リスクも下がるはずだという意見もあった。しかし私は、この意見に反対しました。感染しているのは特殊な人なのだから、大気中のウィルス濃度を下げるだけではダメで、鶏の中だけで抑え込んでしまわないと、いつまでたっても火種は尽きないという議論をした。

結果的に、ワクチンを濫用した国では、飛び抜けて多数の感染者と、死亡者が出てしまった。そのため、ワクチンが対策の1つだという表現は、削ることにほぼ決まっています。昨年の11月に、私が、集まった35カ国の代表向けにお話をして、全ての国から賛同を得た。5月の総会に、その提案が提出され、「ワクチンは、あくまでインアディション。対症療法的で、副次的な手段である」と記載されます。鶏にワクチンを打っても、その一方で摘発淘汰もちゃんとやっている国では、人の感染者はほとんど出ていない。パキスタンなどがそうです。ワクチンを濫用して、摘発淘汰をやっていない国が、最悪の状態になっているのです。

――インフルエンザの出現メカニズムに、話を戻します。インフルエンザウィルスが、シベリア、アラスカなどの湖沼に凍結保存されていることは、先生が証明したのだそうですね。

喜田 そうです。そこまで戻って、しっかり説明しましょうか。インフルエンザウィルスは、冬の間、活性を保ちながら、アラスカ、シベリア、カナダなどの国々の湖沼に凍結保存されています。秋になると、カモなどの渡り鳥がそのウィルスを南に運んできます。その時のウィルスには、全く病原性はないのです。非常に長い年月をかけて、カモと共生していますからね。ウィルスはカモのお腹で増えるので、カモのウンチを集めれば、そのウィルスが分離できます。

では、なぜカモが運んでくる鳥インフルエンザウィルスは、鶏に対して病原性を獲得するのでしょうか。カモから鶏に、直接感染することはありません。ウィルスは、まずアヒルなどの水生の家禽に感染します。感受性が同じですから。水生家禽から、さらに陸生の家禽に感染します。その過程で、何らかの抗原変異によって、鶏に感染できるウィルスが出てきてしまうのです。こういう感染の過程が、どこで起こるかというと、生きた鶏、水生家禽、陸生家禽を売る市場(ライブバードマーケット)だと考えられます。

各国にたくさんあるライブバード・マーケットを閉鎖するのは、経済的な問題で、なかなか難しい。しかし、台湾では、私のアドバイスを真摯に聞いてくれて、バードマーケットを完全に閉鎖しました。その結果、人への感染はまったく起きていません。

そして鶏を倒すようなウィルスは、なぜ65カ国もの国に広がったのでしょうか。これはウィルスが、逆コースをたどって感染したんですね。鶏を倒すようなウィルスが、陸生家禽、水生家禽、さらに野鳥に戻って、今度は、野鳥を倒してしまう。春の4~5月に、北の営巣湖沼に戻ったインドガンや白鳥が、いまバタバタと死んでいます。その野鳥のウンチを調べたら、中国南部で分離されたウィルスとまったく同じウィルスでした。つまり、鶏に対する病原性を獲得したウィルスが、逆コースをたどって、今度は野鳥たちを倒しているのが証明されたわけです。こうした経緯で、65カ国もの国々に、鶏を倒すウィルスが広がったのです。

――鶏を倒すウィルスは、人にも感染するのですか。

喜田 先ほどお話ししたように、ごくまれに、鶏に似たウィルスに対する感受性を持った人がいて、そういう人は、鶏に接触しなくても感染します。インドネシアでは、そういうケースがたくさん出てきている。ただ、通常は、鶏から人には、感染しません。では、なぜ感染するようになってしまうのか。

私は、そこにブタが介在していると見ています。ブタの呼吸器上皮細胞には、人と鳥の両型のウィルスに対するレセプターがあるからです。そのため、鳥由来のインフルエンザウィルスと、人由来のインフルエンザウィルスがともにブタに感染し、ブタの細胞の中で遺伝子再集合(二つの類似のウィルスが同じ細胞に感染した際に起こる遺伝物質の混合現象)を起こすのではないか。その結果、非常に変わり者のウィルスが出現し、人に感染して、「ヒト-ヒト」感染を起こす。この変わり者ウィルスをこそ、警戒しなければなりません。私は、1918年のスペイン風邪も、1968年の香港風邪も、こうしたメカニズムで、「ヒトーヒト」感染を起こすようになったと考えています。


ブタを介して誕生する『ヒト-ヒト』感染を起こすインフルエンザウイルス

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