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スペシャルインタビュー シリーズ「ワクチンの現状と将来を考える」 第1回
インフルエンザ出現のメカニズムとワクチンの意義
北海道大学大学院獣医学研究所教授・人獣共通感染症リサーチセンター長 喜田 宏氏

2010/04/12
21世紀医療フォーラム取材班 GoodDoctorNET編集 桶谷仁志

―― 一般の人々が、その認識を共有するためにも、先生が長く研究してこられたインフルエンザの出現メカニズムについて、少し具体的に教えていただければと思います。先生は、北大の獣医学部のご出身ですが、卒業後は、製薬メーカーで、ワクチンの製造に当たっていました。

喜田 私は1969年に武田薬品工業に入社し、インフルエンザワクチンの開発と製造を担当していました。ちょうどその前年に、新しく出現したHA亜型のA/香港/68(H3N2)ウィルスが、香港から来た船の乗組員から分離されました。それを使って季節性インフルエンザのワクチンを作っていた時に、定量を担当していた4人の研究室員が、全員40度の熱を出した。当時はマウスピペットなので、感染実験みたいなものでしたが、自分たちで作ったアジア風邪のワクチンを打っていたのにも関わらず、ひどいインフルエンザにかかってしまったのです。

「これはただの抗原変異ではない」と思いました。それまで抗原変異(ウィルスの突然変異)は、「大きな抗原変異は小さな抗原変異の積み重ねの結果」と考えられていましたが、この場合は、明らかに違うメカニズムを予想させるものでした。やがて、1970年代に入って、ウェブスターとレーバーが「新型ウィルスのHA遺伝子は動物の世界にあるものと共通ではないか」という仮説を発表しました。その論文を読んで、これは私のような獣医学部出身者が研究をするしかないと確信したのです。新型ウィルスの出現メカニズムが分からないのに、ワクチンを作っていられないとも思い、76年に、北大の研究室に戻りました。新型ウィルスが出現する際の抗原変異のメカニズムを発見するのが研究テーマで、30年くらい研究して、ようやくそのメカニズムが少しずつ分かってきました。

「ヒト-ヒト」感染するウィルスは、ブタを介して誕生する

――そのメカニズムを、一般向けに、詳しくご説明いただけますか。

喜田 高病原性鳥インフルエンザ(H5N1)を例にして、お話をしましょう。高病原性鳥インフルエンザ(H5N1)は、1997年に香港でヒトに感染し、「ヒト-ヒト」感染も秒読み段階だといわれたために、ずっと10年も騒がれてきたインフルエンザです。ただ、大仰に騒ぐ割には、正しい対策を実施してこなかったので、鶏の中だけに抑え込むことに失敗した。そのため、今や62カ国に感染が広がり、そのうち15カ国で、人への感染が認められています。

ただし、2003年から2009年までを対象としたOIE(国際獣疫事務局)の調査結果を見ると、感染した人は、全体で473人、そのうち亡くなったのは282人です。62カ国の人口を合わせると何十億になるでしょうし、その人口×6年だから、何百億にもなる感染機会があったはずです。それなのに、わずか473人にしか感染していない。この「わずか」ということこそ、重視すべきなのです。しかも、感染した人から分離されたウィルスは全部、鶏のウィルスそのままでした。つまり、感染した人が、非常に特殊なウィルスに対する感受性を持っている。少し言葉は悪いけれども、ニワトリ人間なんですよ。


ヒト、その他の動物が感染するインフルエンザウイルスの種類

但し、問題がある。感染者も死亡者も飛び抜けて多い国が、4カ国あるのです。中国、ベトナム、インドネシア、エジプトです。この4カ国では、何が起こっていたのか。実は、鶏にインフルエンザワクチンを積極的に打ってきたのです。OIEでは、新型インフルエンザ対策として「早期診断→摘発→淘汰」が基本だという指導をしています。淘汰というのは、感染した鶏を100%殺すことです。鶏に犠牲になってもらうことで、ウィルスも消える。これが最善の方法で、この方法を徹底している日本などの国では、人の感染者は出ていません。

ところが、これら4カ国では、ワクチンで摘発淘汰の代用ができると考えて、積極的にワクチンを使うようになってしまった。そのために、見えない流行が広がって、現状のようになってしまったのです。なぜならば、OIEは「早期診断→摘発→淘汰」が基本だとはいうものの、ワクチンも対策の1つとして使っていいと、条項に付け足してしまったからなのです。というのも、拠出金を出している有力国から、ワクチンもインフルエンザをコントロールする手段として有効なのだから、対策の選択肢に加えてくれという要請が何度もあった。私は、OIEの委員もしているので、「ダメだ」と何度も言っていたのだけれども、結局は、事務局で、使っていいという条項を入れてしまったのです。

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