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スペシャルインタビュー シリーズ「ワクチンの現状と将来を考える」 第1回
インフルエンザ出現のメカニズムとワクチンの意義
北海道大学大学院獣医学研究所教授・人獣共通感染症リサーチセンター長 喜田 宏氏

2010/04/12
21世紀医療フォーラム取材班 GoodDoctorNET編集 桶谷仁志

昨年の新型インフルエンザの世界的な流行で、インフルエンザワクチンに注目が集まっている。しかし、ワクチンの輸入を決めたにも関わらず、結果的には大量に余剰が出て、廃棄処分になるなど、政府の対応1つを見ても、ワクチンの内容、効果、意義などについて、一般の理解が深まっているとはいえない。そこで21世紀医療フォーラム取材班では、ワクチンの専門家にインタビューし、その結果をインタビューシリーズ「ワクチンの現状と将来を考える」として掲載することにした。

第1回のインタビューにご登場いただいたのは、インフルエンザウィルスの出現メカニズムの研究で世界的な権威であり、WHO(世界保健機関)やOIE(国際獣疫事務局)の委員もつとめる北海道大学大学院獣医学研究所教授・人獣共通感染症リサーチセンター長の喜田宏氏。長年、インフルエンザへ対策に警鐘を鳴らし続けてきた喜田氏に、インフルエンザ出現のメカニズムとその防止策、さらにインフルエンザワクチン濫用の悪影響と、本来の効果、意義について聞いた。(21世紀医療フォーラム取材班 Good Doctor NET編集 桶谷仁志)

新型インフルエンザよりも、季節性インフルエンザが脅威


喜田 宏(きだ ひろし)氏
1967年北海道大学獣医学部卒。69年、同大学院修士課程修了後、武田薬品工業に入社し、インフルエンザワクチンの開発・製造にたずさわる。76年に母校に戻り、94年北海道大学教授。2005年から現職。インフルエンザが人獣共通感染症であることを実証し、新型インフルエンザウイルス出現メカニズムの解明で業績をあげる。05年「インフルエンザ制圧のための基礎的研究」で学士院賞。07年学士院会員。

――昨年6月、新型インフルエンザ(H1N1亜型)の世界的流行(パンデミック)をWHO(世界保健機関)が宣言し、日本でも当時の厚労大臣の舛添要一氏が感染防止のための「水際作戦」を指示し、ワクチンの緊急輸入を決めるなど大騒ぎになりました。先生は当時も、新型インフルエンザの「毒性は低い」と主張されていました。

喜田 「毒性が低い」。実はその言葉がダメなんです。「毒性が高い」「毒性が低い」などという言葉は、使ってはいけないんです。ウィルス自体は毒素ではありません。それを報道では「H5N1ウィルスは毒性が高い」「H1N2は低い」「H1N1ウィルスの毒性は季節性ウィルス並みに低い」とか、訳の分からないことを言っていた。まったく何も分かっていません。

そもそもインフルエンザウィルスの病原性は、感染して、宿主の体の中でどれだけ速く、どれだけたくさん増えるかどうかです。それだけにかかっているわけです。ウィルスが体内で増殖すると、それに対する自然免疫と獲得免疫の応答が出て、それが病気をつくる。自然免疫応答で出てくるのが、例えばサイトカイン。サイトカインの過剰産生(サイトカインストーム)が起こると、体は破綻をきたす。ひどい場合は、毛細血管がダメになって死ぬ。多臓器不全です。

インフルエンザ脳症も、その1つで、脳の症状が激しいから脳症と言ってるだけで、要は多臓器不全です。急激にウィルスが増えると、過剰な免疫応答が起こって、体が破綻をきたす。ウィルスがゆっくり増える場合は、体も反応はするけれども、おだやかです。熱というのも、免疫応答の1つで、おだやかな場合は正常な反応ですから、さほど心配する必要はありません。

――今回のパンデミックの騒ぎでは、流行の初期の09年4月に、メキシコでの感染死亡率が非常に高いと報道されたために、「毒性が高い」という言い方が蔓延したようです。

喜田 新型ウィルスに感染して、すぐに亡くなる人が、ごくわずかだけれどもいるんです。死亡者は、実はものすごく特殊な人たちなんです。例えば、高病原性鳥インフルエンザウィルスに感染して亡くなった人たちは、ウィルスに対する感受性がいわば鶏に近い。そういう人が、遺伝子的に、ごくわずかだけれどもいるのです。そのことと新型ウィルスの病原性とは、まったく別の問題です。騒ぎの時に、私のところに記者が来て、「今回のは新型ウィルスだから、毒性が強い。大変でしょう」と言うから、「バカ言うんじゃないよ」と怒りました。新しいウィルスは、人の体で増えるのには慣れてないんだから、そんなに急激には増えない。人に抗体がないから、感染は広がりやすいかも知れないけれども、例え人に感染しても、病原性は低いはずです。

一方、季節性インフルエンザは、人の体に慣れているから、増殖しやすい。だから新型よりも、季節性インフルエンザのほうが恐いんです。それなのに、「季節性インフルエンザウィルス並みに毒性が低い」なんて言い方が横行する。これは二重の意味で間違いです。いいですか。季節性インフルエンザウィルスが、人の体で増えるのに一番慣れている。だから、季節性インフルエンザのほうが恐いし、実際に亡くなる人も新型よりもずっと多い。新型インフルエンザは、季節性インフルエンザよりも、病原性が高くなるはずがないのです。これが全てです。この間違いの原因は、皆さんが、この認識を持っていないことによるのです。

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