日経メディカルのロゴ画像

『連載 医療現場に聞く』第1回
質のよい医療を提供するためには施設の集約化が必須
北関東循環器病院院長 南 和友氏インタビュー(2)

2010/04/16
聞き手・構成:21世紀医療フォーラム取材班 狩生聖子 文責:日経BPnet編集プロデューサー 阪田英也

――医師の偏在についてはどうお考えですか。

南 国の主導でコントロールする必要があると思います。医師の偏在の理由として、現在の臨床研修制度の問題が指摘されていますが、私はこの他、旧来の無給医局制の流れが影響していると思います。私も学生時代、学園紛争で「無給インターン制度の廃止」を訴えた1人ですが、制度廃止以降も、無給ではなくなったけど実態はあまり変わっていないように思います。

“低収入でも医局員であること”は、その大学、その科での学位が欲しいからです。病院も働き手が増えると都合がよいので、なかなか低収入の医局員はなくなりません。現在は地方の大学から都市部の有名大学に医局員が集まる傾向があります。本当はそうした人たちこそが地方の病院の担い手になってもらう必要があるのですが……。

医局員は雑用も多く、派遣先の病院やアルバイト勤務では、本来の専門分野の患者さんを診る機会はなかなかありません。忙しすぎて学位取得のための研究も中途半端になってしまう恐れがあります。医局員の人数が多い病院では、医師が検査やカルテの整理をしたりしています。

医局もこうした働き手が欲しいから、いなくなると困るわけですが、本来、検査やカルテの整理などの業務は、看護師や検査技師などパラメディカルの仕事であり、ドイツでは考えられないことです。必要ならばパラメディカルを増やすべきだし、やはり、世の中のニーズを加味して、各科の受け入れ人数をきちんと決め、「心臓外科に入れない場合は、他の診療科へ」といった具合にコントロールが必要です。

――「医師の質」を確保するという問題において、医学教育が何をなすべきでしょうか。

南 深刻な問題ですね。というのも、かなり前のことですが、母校の大学で講義を頼まれたことがあります。私は20年ぶりの母校訪問でかなり期待していましたが、教壇に立つとその光景に唖然としました。登録が100人いるはずの授業で出席者は20人足らず。そのうちの半分が抗議の途中で居眠りをしていました。そのときのことをほかの講師たちに嘆いてみせると、「普段はもっと少ないですよ」という返事でした。

ドイツでは医学部の学生の講義出席率は常に95%以上です。病気で欠席する場合は医者の診断書が必要ですし、特別な理由がある場合はその理由を説明する書類が必要となります。無断欠席は許されず、そんなことが数回あれば学生は試験を受けることができなくなります。

私の講演のように、なぜこうなってしまうのか。それは日本の教育制度に大きな問題があるからでしょう。小学生から塾通いで、入学試験のための勉強ばかり。大学入試は一発勝負なのでよい学校に入り、受験に備えて猛勉強する。医師の仕事を選ぶのも成績がよい人や、医者の子女です。また、私学の医学部は学費が非常に高く、入学できる子どもが限定されてしまいます。

ドイツの大学はほとんどが国公立です。競争で入るのではなく、資格試験です。具体的には高校3年のときに卒業資格の試験を受けます。これで平均点以上であればどこの大学にも入ることができます。学部は試験の成績と高校の成績によって選択でき、成績が優秀でないと確かに医学部の入学資格は得られません。が、例えば医学部を希望していた学生がその年、わずかな成績で届かなかった場合でもチャンスはあります。というのも、次の年には過去の資格者から何割かを入れるという決まりがあるからです。つまり待っていれば誰にでもチャンスはある。医学部を希望している学生はその間、何をするか。日本であれば予備校に通いますが、ドイツではボランティアや福祉施設などで働きます。もちろん、この間に「他の学部がよい」と志望を変える人もいます。この方式が完ぺきというわけではありませんが、少なくとも日本よりは優れたシステムだと思います。日本においても“良い医師を創る”一環として、入試や教育の見直しが必要です。

――最後に、この記事をみている方々にメッセージをお願いします。

南 繰り返しますが、医療費は支出が決まっています。クルマを売るのと違って、どんどん売れば利益になる、という種類のものではありません。一方でお金のある人、ない人にかかわらず、全ての人がある程度、平等に受けられるということが、医療の大前提であると思います。限られた医療費をどのように分配し、使うことが有効なのか。今、まさにこのことを考える必要があります。医療者側、患者側が声を上げる時と言えるでしょう。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

この記事を読んでいる人におすすめ