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日独両国の社会保障政策の歴史・現状を検証し、将来を展望する
シンポジウム「日独社会保障政策の回顧と展望―医療保険と年金を中心に」が開催
~日独両国の行政経験者らが「社会保険における連帯と自己責任の再認識」について論議~

2010/01/15
21世紀医療フォーラム取材班編集部 桶谷仁志

保険料率の安定という政策課題は、不可能な幻想


次に「医療保険」をテーマにして演壇に上がったのは、ゲルハルト・シュルテ氏(元ドイツ連邦保健省医療保険局長)。ドイツは1883年、世界で初めて公的医療保険制度を導入した国として知られる。その歴史はすでに125年にもおよび、現在は全人口の1割程度の富裕者を除く約7300万人が、108ある疾病金庫(ドイツの保険者。自治的な中間集団)に加盟している。

第2次大戦後、政府は増え続ける医療コストに対応して、保険料率を安定させるために、度重なる改革に取り組んできた。ただ、こうした改革はことごとく挫折し、保険料率の安定にはつながらなかった。シュルテ氏によれば「医療保険に関する利害関係が非常に広範囲にわたり、有効な施策の多くは、さまざまな勢力の抵抗にあって骨抜きにされた。骨抜きになった法律の抜け穴を塞ぐために次の立法措置がとられるが、それも骨抜きにされるという繰り返しだった」という。

2007年に、連立政権は、医療制度立法における規制政策の方向転換に踏み切った。09年1月にスタートした医療基金制度によって、ドイツの医療保険制度が長年堅持してきた「連帯と自己責任」の原則は崩れたと言っていいだろう。医療基金には、連邦予算(ドイツの国家予算)からの補助金も拠出されるが、その額は年々増えていくことが予想されている。

シュルテ氏は「保険料率の安定という政策課題は不可能な幻想だった」と言う。なぜなら、保険料率の安定のためには、国の生産性が毎年、長期にわたって3%以上伸びることが前提になる。しかも、GDPの成長率に関わらず、医療は絶え間なく進歩し、患者による医療への期待は際限なく大きくなっている。今後、ドイツ政府は、GDPの相当な割合を、医療基金のために拠出せざるを得ない。そうでなければ、給付を制限するしか選択肢はない。

シュルテ氏は最後に、こう結論づけた。「現在の連立政権は、より広範な自由競争を導入することで、この苦境を脱しようと試みているが、その先行きには大きな疑問符が横たわっていると言わざるを得ない」。

年金では“世代間の契約”が、
医療保険では“政権の短命さ”が問題に


ドイツ側の報告の総まとめという役割を担って、演壇にあがったのはベルント・フォン・マイデル氏(前マックス・プランク国際社会法研究所所長)。マイデル氏は最初に「年金と医療保険の双方がいま大きな問題に直面しているのは明らかだ」と論じた。

とりわけ年金制度は、リタイア後の世代を現役世代が支えるという世代間の契約によってこれまで維持されてきたが、就労人口が減少し、顕著な生産性上昇の見込みのない現在、こうした世代間の契約そのものが破綻しようとしている。もしも、年金の給付額が生活保護の給付水準を下回るような事態になれば、誰もが「何のために保険料を支払うのか?」と疑問に思うだろう。ひいては「社会保障制度は果たして社会の安定をもたらすことができるのだろうか?」という根本的な議論を呼び起こすことになるであろう。

医療保険を含む社会保障制度の政策決定に関する、政治の問題もある。世代間の契約に基づく長期的な制度についての重大な決断が、たかだか4~5年しか続かない政権によって行われること自体が不合理なのではないか。また、グローバル化の問題も決して無視できない。海外からの影響によって、国内のシステムが機能しなくなることは十分に考えられるのに、社会保障制度そのものは、国内問題として解決せざるを得ないのである。

マイデル氏は「ドイツも日本も最近、政権が変わったばかりだが、どちらの国の政権も、社会保障に関する問題を解決できるとは思われていないようだ。今回のシンポジウムで私たちが論じたことが、今後のより本質的で、広範な議論に結びつくことを期待したい」として、ドイツ側からの報告を終えた。

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