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国際比較によるハイブリッド発想が、大腸がん治療の可能性を広げる

2009/11/25
三重大学医学部 楠正人教授、井上靖浩講師

三重大学医学部 楠正人教授

抗がん剤の種類と実際の処方を国際的に比較した研究は、これまで例がなかった。大腸がんに関して、この画期的な研究に取り組んだのが三重大学医学部の楠正人教授、井上靖浩講師の師弟の両先生だ。
研究をまとめた「大腸がんの化学療法選択に関する国際比較研究」という論文は、2007年にJJCO(Japanese Journal of Clinical Oncology=日本発の英文がん研究学術雑誌)に掲載され、世界に向けて発信された。
両先生は、2006年版「大腸癌治療ガイドラインの解説」(患者向け)、2009年版「大腸癌治療ガイドライン」(患者向け・医師向け・英語版)の作成メンバーでもある。2009年版「大腸癌治療ガイドライン」が出版されて一段落ついた直後に三重大を訪ね、抗がん剤使用の国際比較の意義、日本の大腸がん治療の現状、さらに将来の可能性について聞いた。

(聞き手:日経BPクロスメディア本部 プロデューサー 阪田英也 構成:21世紀医療フォーラム取材班 桶谷仁志)

PMC療法が生まれたきっかけは、国際比較


――まず、楠先生が、大腸がんの化学療法選択に国際的な比較研究が必要だと考えられた理由、その背景を教えていただけますか。

楠 私の中には、ずいぶん以前から、日本と欧米とでは、抗がん剤の使い方が違うのではないかという問題意識がありました。例えば、口から飲む経口抗がん剤が、日本では非常によく使われています。ところが、欧米に行くと、点滴で入れる静注がほとんどです。

なぜなのか。静注のほうが、血液中の抗がん剤の濃度をコントロールできるから、優れているのではないか。私がそう考えていたところに、経口抗がん剤の開発者である藤本節郎氏が、1989年に、非常に興味深い研究論文を発表されました。ラットを使った動物実験の結果、経口抗がん剤と静注抗がん剤を比べると、やはり静注のほうが効果が高かった。ところが、藤本氏は静注のところに経口を足したんですね。そうすると、普通の静注の2・7倍、がん細胞が死んだ。これは、私がいま実施している「薬物動態修飾化学療法」(PMC療法)の基礎となる研究でした。

藤本氏自身はその後に亡くなられて、自ら考案したPMC療法を発展させることはできませんでしたが、私はPMC療法を実際に手がけながら、遺伝子レベルの基礎研究によって、なぜPMC療法が有効なのかを突き止めることができました。簡単に言うと、抗がん剤を一時的に入れるのと、持続的に入れるのでは、体内で働く遺伝子が違うのです。それぞれの場合に、がんを殺すやり方が違っている。だからこそ、併用すると、効果が飛躍的に高まるのです。2001年に私がこの研究を発表すると、米国でも緊急に特許が認められ、現在のPMC療法の基礎を確立することができました。

――抗がん剤使用の国際比較がきっかけになって、新しい、非常に有効な治療法が生まれたわけですね。

楠 だからこそ、国際比較というものを、重視しなければいけないと私は思うのです。ただし、単純に比較するだけでは十分ではありません。トランスレーショナルリサーチ(Translational Research)という考え方を徹底する必要があります。例えば、日本と欧米の化学療法のやり方が違う時に、最近の医師は、すぐにEBM(Evidence-based medicine=エビデンスに基づく医療)という考え方に頼ってしまう。

しかし、EBMは決して万能ではありません。EBMは、例えばコーヒーに砂糖を1杯入れたものと1杯半入れたものを、1000人くらいに聞いて、どちらがおいしいのか決めるようなやり方です。いわば多数決なのです。それはそれで有効な方法でしょうけれども、それだけが全てではない。EBMを単純に適用していると、そこから洩れてしまう発想や方法がどうしても出てくる。その一例が、PMC療法のようなハイブリッド治療法なのです。

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