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医療再生は人づくりから~「効果的、効率的、魅力的」な医学教育のあり方を探る

2009/07/20
21世紀医療フォーラム取材班シニアライター 田野井真緒

学びは成長の物語そのもの

 一方、日本ではプライマリケアの基本的な診療能力(態度・技能・知識)を身につけることを基本理念として、2004年から新臨床研修制度が発足したが、池上氏は「新臨床研修制度のsee one do one、すなわち見たらすぐ実践という教育方法では、医療の安全を担保できない」とし、さらに「患者さんの体に触れる前に、まずシミュレーターを使って訓練しなければならない」と、語った。率直に言えば、先輩医師の指導の元であっても、ぶっつけ本番で患者さんの治療にあたるのは、すでに時代遅れの教育・訓練方法だというのである。

「人為的ミスのうち30%はテクニカルエラー、70%はデシジョン・メーキング(意思決定)に関することや医療チーム間のコミュニケーション不足(聞き間違いなど)などのヒューマンエラーだ。医療技術を訓練しただけでは医療事故はなくならない。チームを最大限に活用して時間内にタスクを達成する訓練が不可欠」と、池上氏。

 こうした問題意識をもって池上氏らが、まず行ったのはアメリカで行なわれているシミュレーション教育現場の視察だった。

 参加者は、21世紀医療フォーラム「シミュレーション教育」研究部会のメンバーでもある虎の門病院の中西正元氏、聖路加国際病院の石松伸一氏ら有志数名。このときのメンバーが中心になって、2006年1月にシミュレーション医学教育システムの開発と普及をめざしてSim Club(http://www.simclub.jp/)を立ち上げた。 そして2007年の日米合同シンポジウムを経て、日本医療教授システム学会(http: //www. asas.or.jp/jsish/index.html)を設立。2009年2月20日には、「医療再生は人づくり」からをメインテーマに、東京の学術総合センターで第1回日本医療教授システム学会総会を開催した。

 学会員はまだ300名ほどだが、救急、内科領域の医師をはじめ看護師、臨床工学士、救急隊員、歯科医など多彩。効果的な教育訓練を求める医療従事者及び医療関連企業の社員が参加して、医療の質と安全性を担保する教育・訓練法としてのシミュレーション訓練の実際、シミュレーション訓練指導者の育成、医学教育と医療訓練の連携などについて活発かつ真摯な討議が行なわれた。

 とはいえ、こうした学会に参加して自らが行う医療の質を、あるいは日本医療全体の質を向上させたいと願う医療者と、そうでない医療者の間には大きな溝があることを池上氏も認めざるをえない。

「医学教育、医療訓練に携わる多くの医療人は医学の世界だけで医学教育は完結すると考える傾向が強い。しかし、実践教育は心理学、教育学、認知科学、教育工学、IT、社会学などの知を結集しなければならない。医学は理論だが、学びは理論ではなく、成長のストーリーそのもの」だから、解剖学や病態生理、分類学としての診断学を学ぶだけでは医療タスクを遂行する現場の人材養成はできない、と池上氏は指摘する。

医学は自然科学の範疇に属する学問だが、医療は複雑な社会的行為だ。医療行為によってもたらされる結果は不確実性に富んでいる。現場の医師が百も承知のことが医学教育ではなおざりにされている。だからこそ、池上氏らは、患者さんの安全を担保し医療の質を確保するためには、どのような医学教育、医療訓練が必要かをさまざまな領域の知を集めて探ろうとする。

「医療は合理的でない行為が多く含まれている。合理的な医学を学び、その上で医療行為を実践しようとすれば、たとえば患者心理に配慮した、あるいは医療チームの人間関係を考慮した言動が求められる」。

「そこを理解しないと、良い医療を正しく誘導できなくなる」のだ。

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