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再度、医師教育の見直しを

2009/10/02
医療ライター 須藤公明

医師不足や医療格差が激しさを増すにつれ、医師の養成つまり医師教育の問題に再度、目が向けられている。その背景には、2004年の春から医師免許取得後2年間の研修が義務化され、医師が研修する病院を選択できるようになったことがある。その結果、民間の著名な病院、待遇のいい病院などに希望者が殺到。つまり大学病院から“流出”し、それに対応するため、大学病院は派遣していた医師を引き揚げたので、各地の病院で医師不足をきたした、と指摘される事態がある。

これを、競争原理のもたらすもの、と割り切ってしまう考え方もあるだろう。だが、そのような格好で、社会の医療ニーズを前提とした、適正な研修ができるのか、という疑問もわいて来る。ちなみに「新医師臨床研修制度」は、プライマリーケアを中心に基本的な診療能力(態度・技能・知識)を身に付けるためのものと位置づけられている。一人前の医師として自立できるようになる一歩としての幅広い教育こそが目的であり、研修先で医療サービスを提供することが第一の目的ではないのだ。

教育という見地からして重要なものは、まず教える側の体制である。簡単にいえば、指導医の能力と体制の問題、各種の機器や設備の問題、そして十分な経験ができるかという患者や症例の問題などである。ところが、「教育に必要な人的能力や設備が十分ではない病院がある」あるいは「キャパシティーを上回って研修医を受け入れている病院がある」という話も伝わっている。そのような事態改善のために、臨床研修の内容、カリキュラムなどの見直しをするというのならば、それは当然の判断といえよう。

研修医の振り分け方については、いろいろな議論が予想される。そこで決して忘れてはならないのは、社会のニーズとの関係だ。現在は産科や小児科の不足が問題になっているが、その解決を考えた上での配置か、という問題でもある。長寿社会を考慮すれば、それに対応した医療ネットワークの構築や医師の養成も課題になる。美容、生活習慣病、心の病の問題など医療が取り扱う問題は様々だが、国民のための医療という見地から、まず全体を俯瞰し、それから個別の問題解決へという仕組みを早急に創り上げる必要もある。

医師免許取得後の研修、いわゆるインターンの話を続けてきたが、むしろ本当の問題は医学部入学以前にあるのかもしれない。「患者の顔を見ず、検査データにばかり目を凝らす医者 」「触診も聴診もせず、患者の話を聞こうともしない医者」が増殖している、といわれるからだ。古来「病は気から」といい、また「手当て」という。だが、偏差値本位の進路選択などにより、生命の尊厳や患者への気配りが失われている恐れもある。もし、医師としての“不適格者”が増えているとすれば、事態は深刻である。

もとより、医療でなく医学となれば、話は別だ。大学の研究室あるいは企業の研究所などで、細菌や臓器の研究にじっくり取り組み、難問を解決してくれればいい。だが、医療はそうではない。高度な知識と技能を裏打ちとして、人間の健康、命を預かるサービスなのだ。だから、その専門性を持った医師に対し、社会は高い地位や報酬を認めているのである。それだけに、医師教育の改善に当たっては、コミュニケーション能力から人格形成までを視野に収めた、しっかりした仕組みを構築してほしい。

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