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聴診器くらいあててよ!

2009/05/16
21世紀医療フォーラム取材班 ライター 狩生聖子

「手当て」の原点ともいえる聴診によって、 患者は“安心感”を得ることができる

 医師の行動には何ら問題がないといえるだろう。それでも彼女は聴診器を当てられないということが不満だといっている。これはなぜだろう。

 確かに検査は体のさまざまな情報を数値化、画像化できる点が便利であり、患者にとっても利用価値が高いものだ。長引く咳で「肺炎ではないか」と心配になったときも、X線写真1枚撮れば、クロかシロかは一目瞭然である。

 それでも多くの人が「医者」と聞いてイメージするのは白衣と聴診器ではないだろうか。患者には聴診器の音は全く聴こえない。画像のようにどこに異常があるのかはわからないけれど、診察室における聴診は、患者にとってある種の儀式のようなものであり、間接的にだが医師に触れられることで安心感を得られるメリットもある。治療が「手当て」といわれるゆえんではないだろうか。

 私自身、子どもの頃はしょっちゅう風邪をひく虚弱体質で、それこそ何十回と聴診器をあててもらった。高熱で熱で親に抱きかかえられながら診察室に入り、医師に聴診器をあてられたときの「ひんやりとしたなんともいえない感覚」と、「診てもらえてよかった」とホッとしたことを覚えている。

 また、自身の子育ての体験では、小児にはやみくもに検査を行ってはいけないことを医師から学んだ。娘が赤ちゃんだった頃、長引く咳が一向に治らず、「きちんと検査をしてもらおう」と大学病院を受診した。

 しかし主治医は、「大人と違って、小さい子どもには被ばくという観点から、X線をあてるのはできるだけ避けたほうがいいのです。心配なのはわかりますが、聴診器で胸の音を聴けば重篤な病気かどうかの予測はつきますから」とそれは丁寧に聴診してくれた。アレルギーの血液検査も無理に実施しないほうがいいという。子どもにとって痛みの経験がトラウマになってしまうことも多いからだ。

 検査にはメリットもデメリットもある。大人の場合であっても、検査は必要最小限に行われるのが理想的なのだろう。だとすれば、初期の診断法としての聴診は重要だ。

女性の中には聴診器を嫌がる人もいる。
「胸をはだけなければならない」というのが大きな理由である。
こうした女性の気持ちに配慮して、多くの医師が下着の上から聴診器をあてるなどの工夫をしてくれている。医師もなかなか大変だなぁと思う。

 しかし、「嫌だ」といいつつ聴診器をあててもらえないと不安になるのが患者の心理である。診断の有効性、患者の心理的メリットなどさまざまな利点を考えると聴診器はこれからも普及してほしいし、多くの医師に活用してもらえたらありがたいと思うのだ。

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