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現代に蘇る医者を選ぶ際のコツ
~19世紀初頭・江戸の町に流布した患者学。江戸時代の医者の良し悪しを見分ける方法

2009/07/11
医療コラムニスト 21世紀医療フォーラム取材班ライター 油井富雄

「病家須知」の冒頭部分。漢字には読み仮名がふられ、庶民向けに出版された。

ある程度の医の知識を学べ

 江戸の看護書、『病家須知』(平野重誠著)には、そのものスバリの「医を選ぶ際の心得」という項目がある。

「親を世話する者は医について知っていなければならないという古人の教えは、医術を学べということではない。世にいう医師の巧拙をあらかじめ知りて、親の病ある時に治療を乞う時に、間違いないようにする教えである」。

 この病家須知には、当時(天保3年:1832年)としては珍しい読み仮名付きで、巧拙には“よしあし”と読み仮名がある。医師の良し悪しをどこで判断するかということを言っているのだ。全て医師まかせ、病院任せの考え方では、その良し悪しを判断できない。医師の選び方、医師の接し方をここでは解説している。 現代でも通用する考え方が、いくつかある。著者の平野はまず『論語』の一節を例に出す。

【論語・郷党第十】要旨
 季康子という親しい人物が孔子が病気であることを知り、早く治るように薬を贈った。孔子はその厚意に丁重に礼を述べ感謝しながらも「自分の体にこの薬が合うかどうかわからないので、服用しません」といった。

 この孔子の例は、薬や治療法が病気を持つ者に適しているかどうか、患者、その家族が判断する知識を有することの必要性を説いている。医学知識をある程度持ち合わせていないとどうなるか――というのが次の一節にある。

「見聞した医者の言葉に心酔し、独断と偏見に陥り、また書物にある知識だけを頼りに、効果を確認できない薬を自分の匙加減で親の病気に勧めてしまう」。

 ただ医者の言葉を盲信することなく、ある程度の知識も持ち、また書物を読んだだけの思いこみに陥るなということだが、では、どうすればいいのか?

医者の言葉が理にかなったものか?患者に媚びているか?

 時は江戸時代、医書の出版は限られ、一般庶民が入手するのは極めて困難。まして、たとえ入手しても、ほぼ漢文で書かれ、これをスラスラ読める教育を受けたのはごく一部の人に限られた。家庭の医学書が書店で入手でき、インターターネットである程度の医学知識を得ることができる現代とは雲泥の差だ。

 正確にいうと、ここで著者の平野は医学知識に重点を置いているわけではなく、医者にかかる際の心構え、医者とうまく接し、その良し悪しを判断する方法を書いている。そこで平野は、「俗人が、医者の巧拙を判断するのは難きことのようなれど」と断りながら以下の方法を提示している。

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