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江戸の看護書・『病家須知』(2)

2009/04/25
医療コラムニスト 21世紀医療フォーラム取材班ライター 油井富雄

「むやみに薬を用いるな」「医師を選ぶコツ」などの指南も。
江戸時代の医療崩壊の時期にかかれた『病家須知』

 江戸の看護書・『病家須知』(平野重誠著)は、天保3年(1832)から翌年にかけて出版された全8巻なる和綴じ本だ。第1巻から6巻までが、病気の予防や医師へのかかり方、看護の心得が述べられ、7、8巻は坐婆必見・とりあげばばあ心得草(原文のママ)となっている。

坐婆とは、産婆さんのことで、江戸時代に資格試験などなかったが、現在でいうところの助産師の手引書となっている。

ふり仮名、挿絵入りの庶民向けの書。
序文に医師の欠点を記した心配も

 国立国会図書館に所蔵されている『病家須知』の表紙には、それぞれの巻ごとの章立てが記してある。一般に、江戸時代の刊行本は、表紙には味気なく表題のみがほとんどだが、いわば本のキャッチコピーの役割を果たしている。

中を見ると、変体仮名交じり文で漢字には読み仮名がふられ、ところどころに挿絵が表示してある。多少読み書きができる一般庶民向けに書かれたものであることがわかる。

巻1の序文は興味深い。表現は、来客との対話形式がとられている。大上段に振り上げた著者の意気込みが、素直に読める工夫がとられている。

まず来客が、当時の医師の欠点を筆者・平野が厳しく指摘している内容になっていることに、「世間の口うるさい人は、自信過剰の売名家“と評するのでは」と不安になる。

平野は、それに対して「私は、そんなこと一切気にしない。どうして自己顕示や売名のために本を書くことがあろうか。ただ医学衰退、道徳心の低下のこの世にあって、天命によらず死ぬ者を痛ましく思い書いたのだ」と答えている。

“でもしか”医師が横行した江戸時代

医師資格試験ができたのは明治8年になってからのことで、江戸時代の後期は“でもしか”医師という質の悪い医師も横行していた。もちろん優秀な医者もいたが、食えなくなったから、医師“でも”なるか、他にとりえもないから医師に“しか”なれないと、金儲けの手段として手っとり早い職業だった。江戸時代の医療崩壊の時期だったともいえる。

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