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心の制服

2009/05/06
医療コラムニスト 21世紀医療フォーラム取材班シニアライター 田野井真緒

「オレに出世は無縁」
そう思ったときから無力感に襲われた中年男性の場合

 心理カウンセラーから、こんなクライアントの話を聞いた。

──自分なりに貢献してきたという自負もあった会社からの突然の出向命令。ラインからはずされた挫折感。過去の栄光が忘れられないから、職場の新しい仲間とも親しくなれない。

「オレに出世は無縁」。そう思ったときから仕事が面白くなくなり憂うつになった。出向先で、たまに新しい発見があっても、目と耳をふさいで人とのつながりを拒んだ。

「趣味でも持ったら?」。妻の言葉もうつろに聞える。

 

「仕事一筋でがむしゃらに働いてきた人間が、50歳を過ぎて仕事と関係のない趣味なんかもてると思いますか」。男性は心理カウンセラーに訴えた。

 それを聞いたカウンセラーは「無理に趣味をもったり気持ちを変えようとしなくてもかまいません。そのかわり生活習慣を変えてみませんか」と言った。

 着がえるのが面倒だったから、出向先では誰もがそうするように、彼も自宅から制服を着て自家用車で通勤していた。しかし、カウンセラーのアドバイスを聞いて、通勤の車では私服を着るようにした。数カ月すると、自宅では職場のあれこれを悩むことが少なくなっていることに気づいた。

 会社の制服を脱ぐことで、心の制服もほんの少しだけ脱げたのかもしれない。

時間にルーズな沖縄タイムがなぜ許されるのか

 日常生活のちょっとしたアクセントが心の疲労を和らげてくれることがある。中年男性の場合は制服を脱ぐことがアクセントになって会社と自宅の間に一線を引くことができた。

 外から与えられる刺激だけがストレスになるわけではない。自分の意思で着た心の制服が、心理的な葛藤を生みストレスの原因になることもある。むしろ、そのような内的なストレスによって苦しむケースが多いのかもしれない。

 心の葛藤は、自分でつくった規則に縛られた結果でもある。

 たとえば時間にうるさく約束したら必ず守る人がいる。もちろん相手に対しても守るように要求する。相手が約束の時間に15分遅れただけでも腹が立つ。そんな人に限って自分が約束を忘れたり、時間に遅れると相手にすまないという気持ちが人一倍強くなるものである。同時に自分が許せなくなる。

「約束の時間は守る人」と評価され、それが社会的信用の一部になっている場合には「いい加減なヤツだったのか」と思われたくないという心理も働く。だが、たまに時間に遅れることはそんなに悪いことだろうか。

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