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「地域医療再生はいま」第3回
地域医療再生に向けて、医師会の機能を活用。患者が安心できる「病診連携」構築を目指す
テーマ:千葉県の地域医療再生

2010/06/25
インタビュー 千葉県医師会会長 藤森宗徳 氏、千葉県医師会理事 原 徹 氏

──東京の大学の進出によって、県医師会または開業医が、直接的に受けた影響はありますか。

藤森 帝京大学附属市原病院(現・帝京大学ちば総合医療センター)が、1986年に新設されるとき、地元の医師会で、設立推進派とボイコット派の間に対立が起こりました。市原市に、これまでない大きな病院ができると、地元の開業医は、必然的に患者を取られてしまいます。当時は、大学病院、診療所の役割や機能の分担という概念、ルールづくりがまだ希薄でしたから、市原市に限らず、県内に新設される大学附属病院と地元医師会・開業医との間では、少なからず、このような問題が起こっていました。

しかし、最近になって、帝京大学附属市原病院における小児科医の減少による問題が表面化したことで、市原市を中心とする小児科開業医と大学が連携し、両者の関係が改善されてきました。

大学病院や全国チェーンの病院が、ある地域に進出するとなると、千葉県に限らず、地元との摩擦、軋轢を生むのは、致し方ない話です。先ほども言いましたが、新設する病院と、地元の中核病院、診療所それぞれの機能、役割を検証して、お互いがうまく連携することがポイントです。

大学病院、地域中核病院、地元医師会と診療所などの「医療者間の連携」「行政との連携」そして、「地域住民との連携」。この3つがうまく連携できて、初めて、医療再生が可能となります。「千葉県地域医療再生プログラム」では、香取・海匝医療圏、山武・長生・夷隅医療圏の2地区を重点地区として位置づけていますが、この地区における医療再生のポイントは、こうした「連携」であることは、言うまでもありません。

──新しく病院を設立する時は、地元といかに融和するかが重要です。進出する側は、どうあるべきとお考えですか。

藤森 かつて千葉県民は、「千葉大学があるから、千葉大学附属病院へ行く」ということで満足していました。しかし1980年代になると、それぞれの地域での人口急増を背景に、地域住民が、その地域の中核病院設立を求めるようになりました。すると、これまで病院ができることに、「絶対反対」という立場だった地元の医師会、開業医にも、“相談をして一緒にやろう”という気運が生まれ始めました。

帝京大学が市原に来た時はいろいろありましたが、八千代市に東京女子医大分院が計画される段階では、県医師会が先頭に立って誘致もしました。現在では、千葉県の地域ごとに、大学病院と地元医師会との間に、医療連携と同時に良好な関係が構築されています。

──千葉大学と県医師会は、歴史的にも良い関係を結ばれてきたことは分かりましたが、医師会と大学病院、地域中核病院との連携と医師会の関係についてはいかがですか。

藤森 地域中核病院の勤務医に、地元医師会のメンバーになっていただき、県医師会や病院部会に来てもらったりと、相互に乗り入れる工夫を行っています。大事なことは、お互いの“顔”を知ることです。お互いをよく理解していないと、対立しなくてもいい事案でも対立してしまうことがままあります。「医師会」=「開業医の集団」のように思われていますが、そうではなく、医師会の中に「勤務医部会」「病院部会」「有床診療所部会」などがあり、ここで、大学附属病院、地域中核病院の抱える問題の検証、解決策の討議を行っているのです。

また、大学附属病院、地域中核病院の病院長にも、地区医師会の会合に参加してもらい、“地域医療は、開業医だけではできない”“病院との連携が必要である”ということを理解していただき、地区医師会・開業医との連携を図っています。

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