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「地域医療再生はいま」第2回
開院以来、24時間対応の救急医療を提供。研修制度を充実させ、若手医師を確保
~総合病院国保旭中央病院院長 吉田象二氏に聞く、千葉県北東部の地域医療

2010/06/17
インタビュー 総合病院国保旭中央病院院長 吉田象二氏

また、当院では、内科、耳鼻科、眼科などの診療科を問わず、どの診療科に所属していても、「救急を研修するシステム」を取り入れており、月3回程度の当直を行います。救急の当直では、これら専門医と一緒に、救急専門医が診療に当たるので問題はありません。もし、このような「救急を研修するシステム」がないとしたら、救急以外の専門医は、救急の現場に立ち会う経験を積むことがなく、当然、救急医療に対する理解も生まれません。

このシステムでは、救急を中心として、「チーム医療」を学ぶことになり、診療科の異なる専門医と連携して救急医療が行なえるようになります。こうした意味から、旭中央病院は“プライマリケアを勉強するには、非常に適した環境にある”といえるでしょう。

──研修医の臨床研修の重要性がクローズアップされています。旭中央病院では、どのような臨床研修を目指しているのでしょうか。

吉田 旭中央病院は、昭和56年(1981年)から、臨床研修指定病院になっていましたが、新研修制度が始まる2年前に「今のままでよいのか」「総括して足りない点を改善しよう」ということで、見直しを行うことになりました。まず、国内の臨床研修の先進病院である聖路加国際病院、沖縄中部病院などを当院の指導医クラスが見学し、その後、海外から臨床教育の指導的立場にある医師を呼び、そのノウハウを伝授してもらったり、あるいはこちらか出向いたりして、改善点を探りました。

「何をどう教えればよいのか」については、その頃から当院ばかりでなく、全国の臨床研修指定病院で、試行錯誤を繰り返していました。しかし、1980年代後半から90年代にかけては、医療訴訟が頻発し、研修医が医療事故を起こして訴訟に発展することを恐れ、多くの病院では研修医に対して“指導医のやることを見てさえいればよい”という姿勢であったといえます。しかし、当院では、「患者に触れない研修などありえない」ということで、指導医のもとで研修医にペイシェント・タッチを行なわせました。ここが大きな違いでしょう。

研修医の応募は、当時、定員の2倍程度でした。3倍あれば一流といわれていた時代です。
そこで、研修医向けのカンファレンスなどを増やし、彼らのニーズをつかむにはどうすればよいかを考え、住環境なども整えました。現在、研修医の応募は5倍ほどになっています。

当院は、研修医にとって“良い研修病院”であると評価されていますが、毎年多くの研修医が勤務することが、一方で、当院の指導医など上級医師に、刺激と緊張感を生んでいます。研修医を教える側の指導医に緊張感が生まれると、必然的に看護師やその他のコメディカルにも“仕事をしっかりやろう”といった緊張感が伝播していきます。そして、それが病院の活性化につながっています。

──吉田先生は、副院長職に13年間携わられました。副院長時代の病院に対してのお考えと、院長になられてからでは、そこに変化があったのでしょうか。

吉田 当院は、開院以来、一貫して拡大成長政策を取ってきました。初代病院長・諸橋芳夫先生は、(社)全国自治体病院協議会の会長を30数年間、(社)日本病院会の会長を16年間務めた経歴を持つカリスマ病院長であり、私は、最も若い副院長でした。ワンマン経営者であったので、彼が倒れた時どうするのかが一番問題でした。診療部門については充実を図っていましたが、権限の委譲などはなく、会議は極めて少なかったことを記憶しています。

2007年に院長に就任してから病院改革に着手しました。その中で最大の案件が、現在も工事が進行中の施設内の新病院建設です。新病院の目的は、診療部門の統合。初代病院長・諸橋芳夫先生の「そのときに必要な医療・設備をすぐ取り入れよう」という考え方は正しかったのですが、外来棟、検査施設、病棟などを建て増し、建て増しで作っていったため、病院内が迷路のようになり、最終的に収集がつかなくなりました。このままでは、患者にも迷惑がかかるし、スタッフも大変だということで、診療部門の統合を目的に建設するものです。

新病院建設に至るまでの経緯を少しお話すると、まず、2007年7月に、1市3町(旭市、海上町、飯岡町、干潟町)が、合併によって旭市に統合されました。この年はちょうど私が院長に就任した年でもあり、院長になる前から上がっていた新病院建設構想を具体化、実現化しようと思い立ったわけです。市町村合併が行われた直後でもあり、市長さんをはじめ、議会の皆さん方のご理解をいただくのに大変苦労いたしました。結果としましては、市民の皆様や病院職員全体の協力のおかげで、予想以上に早く着工できることになりました。新病院の建物は2011年3月に完成、病院オープンは5月の予定であり、職員の出したコンセプトやアイディアを盛り込んだ新しい病院になっています。

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