日経メディカルのロゴ画像

ISHスペシャルインタビュー
高血圧診療の温故知新◆家森 幸男氏
脳卒中発症ラットを開発、予防に生かす

よき長寿食文化を世界に広める活動を続ける家森氏。

 日本で生まれた高血圧自然発症ラット(SHR)と脳卒中易発症ラット(SHRSP)は、今や高血圧・脳卒中研究に欠かせない疾患モデル動物として、世界中の高血圧の研究や薬剤の開発を行っている大学や研究所で活用されている。最近開発された降圧薬は間違いなく、これらSHR、SHRSPの多くを“犠牲”にして誕生したといっても過言ではない。SHRSPの開発者で、WHOの長期疫学調査を実施、今や長寿食研究として知られる家森幸男氏(京都大学名誉教授、WHO循環器疾患専門委員)に、これまでの研究を振り返ってもらった。


――まず、SHRの開発者である岡本耕造先生(京都大学医学部病理学、1908~1993年)との出会いからお聞かせください。

家森 私はもともと臨床医を志望していました。臨床医にとっては病理学は必要な学問であると思い、1958年に岡本先生の病理総論を熱心に受講したのが先生との出会いでした。

 岡本先生は東北大学から京都大学に着任されて間もないころでしたが、すでに糖尿病の病理学的研究で有名で、糖尿病を自然発症する動物モデルを開発されていました。この研究を基盤に1963年、故・青木久三先生と共同で開発したのが高血圧自然発症ラット(Spontaneously Hypertensive Rat:SHR)でした。

京大病理学時代に、恩師の岡本耕造博士(1908~1993年、写真右)と脳卒中ラット開発に挑む

 そのころ、わたしはインターンを終えた時期でした。担当した重症の患者さんは、白血病、肝硬変、胃癌などで次々と帰らぬ人となり、臨床の厳しさを感じていました。「臨床医として患者さんの命を救うことに限界があるのなら、むしろたった一つの病気だけでも徹底的に究明し、その病気をなくしてしまうことこそが大事ではないか」と思い始めたのです。そんな時、SHR確立を発表した岡本先生から誘いのお手紙をいただき、ためらうことなく病理学教室の門をくぐったのです。

――なぜ脳卒中ラットの研究を始めたのですか?

家森 教室に入って岡本先生からたたき込まれたのは、「病気を作らなければ病気の原因は解明できない」という実験病理学の真髄でした。「病気を癒す」ために医学の道に入った私は、「病気を作る」ことに熱中しました。

 1960年代、脳卒中は結核に代わってわが国の死因の第1位になっており、日本は“脳卒中王国”の汚名を着せられていました。その最大のリスクが高血圧であると分かっていながらも、なぜかSHRは脳卒中になりません。「脳卒中を起こさない高血圧ラットは人間の疾患モデルにはほど遠い」と学会でもよく批判され、残念な思いをしていました。そこで、「脳卒中の研究をしたい」と岡本先生に申し出たのです。

 とはいうものの、研究費は少なく、研究の手段も限られていました。ただ、ネズミは餌さえあげていれば増えます。毎日、板を切り金網を張って、飼育するケージを作りました。冬は石油ストーブで、夏はトタン屋根に水をまくといった原始的な方法で、飼育室の温度管理をしました。石油ストーブの不完全燃焼で、真っ白なネズミが一晩で真っ黒になったこともありました。

 最初は過重労働をさせれば脳卒中が起きるだろうと考え、運動負荷を与えました。しかしネズミは一晩に8km走っても元気ですし、サボることも覚えてしまうのです。そこで、動かないように拘束ストレスをかけました。そうしたら1カ月後にバタンと倒れたのが第一号、解剖すると脳に大出血を起こしている。血圧とストレスがカギだと分かりました。

 そこでSHRの子孫を次々増やしておいて、親が脳卒中で死んだ家系の子孫を残し、その家系のネズミにストレスをかけると、より脳卒中を起こしやすい、そのようにして遺伝的に脳卒中を起こしやすい系統のネズミを選別していきました。さらに脳卒中による自然死を待っていては時間がかかるので、餌に食塩を負荷して血圧を上げ脳卒中を早く起こさせ、脳卒中の遺伝子を確実にもつ高血圧ラットの子孫を増やし続けました。

家森氏が脳卒中易発症ラットの実験に使っていた“掘立て小屋”。今も京大医学部の敷地に残っている。

 その結果、ついに1973年、100%脳卒中を発症するラット(Stroke-Prone SHR:SHRSP)の確立に成功したのです。今から思えば、「一に実験、二に実験、本を読んでいては新しいことは見つからない」という岡本先生の無言の教えがあったからこそ頑張れたと思っています。実験をした掘建て小屋は今も京大医学部に残っていますよ(写真)。

――SHRSPの開発によって、発症機序の研究のみならず、いよいよ予防の研究が可能となったわけですね。

家森 その後の遺伝子研究で、SHRSPは食塩感受性の遺伝子を持っており、また、1番目の染色体に高血圧関連遺伝子が見つかっています。しかし、戻し交配をしてこの1番目の染色体上の遺伝子だけを正常血圧ラットに入れても、簡単には高血圧にも脳卒中にもならない。ただ、ストレスを負荷すると血圧は上がり、カテコーラミンなどストレスホルモンが大量に出ます。このことは環境に大事なことを示しています。

 つまり、脳卒中に予防の道が開けたということです。遺伝因子に食塩やストレスという環境因子が加わって初めて脳卒中を発症するわけで、食塩の害をうち消し、またストレスを減らす環境が脳卒中の予防につながるという方向性がはっきり見えてきたのです。

 その後、常時5000匹ものSHRSPをさまざまな実験条件で飼育し、良質なたんぱく質、特に大豆たんぱくに含まれるイソフラボンや魚のタウリン、野菜に多い繊維質やカリウム、マグネシウム、などが食塩の作用を抑制し、またストレス反応を低下させて、脳卒中の発症を抑えることを実証しました。

――そうした動物実験の成果が、20年以上も続いている世界保健機関(WHO)の疫学研究調査(Cardiovascular Diseases and Alimentary Comparison Study:WHO-CARDIAC Study)に生かされ、人間の長寿研究につながってくるのですね。

家森 SHRSPを使った数々の動物実験のほかに、私たちは24時間尿を採取する方法も開発しました。トイレに行くたびに、排尿した量の40分の1を簡単に採尿できる二重底のコップを作ったのです。尿中ナトリウムやカリウム、タウリン、後に加わるイソフラボンなどを分析して1日の食事内容や量を推測するためです。血液の採取は困難な地域もありますが、尿だと何とか協力が得られます。島根医大に勤務していたとき、多くの医学生の協力を得て、様々な食事を一緒に食べてもらい、食事と尿分析との関係を裏付けるデータも取りました。

 これでWHOの循環器疾患専門委員会を説得して、疫学調査のバックアップを得ることができました。1985年から実地研究を始め、これまでにマサイ族からチベット族、ついにはオーストラリアの先住民、アボリジニまで25カ国61の地域をネズミの研究成果と尿カップを持って回り説得し、2万人近くの方々の協力を得ました。

 疫学調査の結果は、学会でも発表し、テレビ、新聞等でも大きく取り上げられましたので、ここでは触れませんが、食塩の摂取量が少なく、大豆食品や魚類、乳製品、野菜などをよく取っている人たちは、脳卒中をはじめ循環器疾患の罹患率が低く、長寿であるということがはっきりしました。

 この疫学研究の成果は、進展が著しい遺伝子研究の結果からも裏付けられています。例えば、大豆のイソフラボンは、血管を拡張し血栓を作らせないように働く一酸化窒素の産生を高めるよう遺伝子を調整し、魚のタウリンが、胆汁を生産するステップの遺伝子の働きを高めてコレステロールを下げることなども分かってきました。

――今度の国際高血圧学会(ISH)でもWHO研究の成果を発表されるそうですが、今後は長寿食文化を世界文化遺産にするように働きかけていくとか。

家森 福岡のISHでは、最初にSHRSPで証明した食塩(ナトリウム)やそのカリウムとの比率(Na/K)、マグネシウム、タウリン、イソフラボン摂取などが血圧に関係することをWHO-CARDIAC Studyから明らかにし、さらに介入研究で実証したことを発表します。

 その後、11月に京都でWHOとの共催で、ユネスコの後援を得て「世界健康フォーラム2006・京都」を行い、長寿をもたらした世界の伝統食文化を世界遺産として次世代に残すよう国際的なアピールを出したいと思っています。

 今、調査から10年以上たった地域をもう一度回っています。残念なことに、世界の長寿食を誇っていた地域が、つぎつぎと都市化、工業化され、食文化が壊れつつあります。20年前は長寿民族だったシルクロードのウイグル族も最近は肥満が増えています。世界で一番ナトリウム摂取が低かったマサイ族も、ファストフードが入ってきたために、食塩や砂糖、脂肪の摂取が増えています。

 世界中の協力のお陰で、貴重なデータを集めることができたのですから、これからはこの成果を世界にお返ししなければいけません。

 ですから、長寿食に基づいた「食育」の重要性を世界に訴え、よき長寿食文化を広めることによって、次のミレニアム世代が健康長寿を享受できるようにしたいと願っています。上海では、近く肥満児の増えている小学生で食育を始め、生活習慣病の予防に取り組みます。

 人間は自分の遺伝子にしばられるのではなく、食生活などの生活習慣で遺伝子をコントロールできるのです。生、病、老、死の4楽章からなるヒトのゲノム交響曲は、自分が指揮をとることによって、素晴らしい音楽を奏でることができるのです。


家森氏略歴
1937年 生まれ
1962年 京都大学医学部卒業
1969年 米国医学研究所(NIH)などで高血圧研究に従事
1975年 京大病理学教室助教授、「脳卒中モデル動物に関する研究」で第1回科学技術庁官賞
1977年 島根医科大学病理学教授、第1回日本脳卒中学会賞(草野賞)
1983年 WHO循環器疾患国際共同センター研究センター長
1992年 京大大学院人間・環境学研究科教授
2001年 同名誉教授・兵庫県健康財団会長
2006年 武庫川女子大学教授・国際健康開発研究所長


インタビューを終えて

家森先生に初めてインタビューをしたのは、SHRSPを発表されてから3年後の1977年でした。日経メディカルの同年5月号に記事が掲載されていますが、「10年以内に脳卒中の予知・予防はできる」と断言されておられます。当時はまだ死因の1位は脳血管障害(人口10万人当たりの死亡率149.8)でしたが、10年後の1987年には3位(同101.7)と下がっています。降圧療法や減塩、良質なたんぱく質の摂取など、“家森研究”が果たした役割は大きいと思います。しかし、日本も過食・過栄養という新たな問題が浮上しています。兵庫県民560万人の健康づくりを助け、武庫川女子大学に創設された国際健康開発研究所では、WHOの専門委員としても国際的に活動されています。まだまだ精力的に情報発信していく意気込みを感じました。

  • 1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

この記事を読んでいる人におすすめ