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1980年代後半
Jカーブ論争の火ぶた切れ、日本では大迫研究始まる

2006/10/04
坂本 正

主な出来事:相次ぐβ遮断薬の臨床試験、Jカーブ論争、大迫研究の開始
主なガイドライン:WHO/ISH1986、1989、JNC-IV(1988)
主な臨床研究: MRC、IPPPSH、HEP、HAPPHY


 1960~80年代前半にかけて高血圧治療の主役を務めたのは利尿薬であった。その有効性はVA研究、Oslo、ANBPなどで実証された。しかし、これらの試験で明らかになったのは脳卒中の予防効果であり、虚血性心疾患に対するベネフィットは十分とはいえなかった。

 この課題をどう克服していくかが1980年代後半のテーマとなったが、そこで白羽の矢が立ったのがβ遮断薬である。すでにBHAT、Norwegian Timolol Studyなどで心筋梗塞の二次予防効果が立証されており、「おそらく高血圧患者の虚血性心疾患も抑制してくれるだろう」というのが大方の予測であった。

 β遮断薬の実力を占う臨床試験はMRC(1985年)からスタートした。これは、36~64歳の軽症高血圧患者1万7354例をプラセボ、β遮断薬、利尿薬の3群に分け、5.5年にわたって追跡したもの。その結果、プラセボとの比較でβ遮断薬、利尿薬はともに脳卒中を抑制したが、心血管イベントを減少させることはできなかった。

 β遮断薬を用いた試験は以後、IPPPSH、HAPPHY、STOP-Hypertensionと続くが、MAPHYなど一部を除いて利尿薬との差は認められず、虚血性心疾患の抑制効果は当初の期待を下回った。利尿薬、β遮断薬から次世代のCa拮抗薬、ACE阻害薬へと関心が移っていくのはこれ以降である。

 一方、ガイドラインはいち早くこれに反応。それまで利尿薬、β遮断薬を第一選択薬としていたWHO/ISHは1986年版で、この2つにCa拮抗薬ACE阻害薬α遮断薬をプラスし、「これらは基本的に併用薬だが一次薬としての使用も可」とした。また、1988年のJNC-IVでも利尿薬、β遮断薬に加えて、当時まだエビデンスのなかったCa拮抗薬、ACE阻害薬をファーストラインに位置付けた。これを機に、降圧薬治療は新たな時代へと入っていく。

 J. M. Cruickshankが「Jカーブ仮説」を提唱したのは1987年である。彼は、主にβ遮断薬で治療した高血圧患者を対象に、心筋梗塞死と血圧レベルの関係をレトロスペクティブに検討。拡張期血圧85~90mmHgまでは死亡率の減少がみられるが、それ以下になるとかえって増加することを明らかにした。その後、Gothenburg一次予防試験(1987年)、British Regional Heart Study(1990年)などこれを支持するデータが報告されたが、一方でMRFIT(1987)年のように70~110mmHgの間では血圧値と冠動脈死は正相関するという成績もあり、至適降圧レベルをめぐって論争が続いた。

 なお、Jカーブ論争に決着を付けるために組まれたのが、少し時代が下がるが、HOT Study(1998年)である。高血圧患者1万8000例を、90mmHg以下、85mmHg以下、80mmHg以下の3群に分けて予後を追跡したもので(詳細は「1990年代後半」の項参照)、この結果から研究グループは「Jカーブは存在しない」と結論付けた。

 しかし、この分析には批判も多かった。結局のところ、Jカーブ仮説は否定も肯定もされなかったというところが一般的な見方で、現在も血圧をどこまで下げるべきかについては、明確な答えが得られていないのが実情である。

 24時間自由行動下血圧計(ABPM)の開発や家庭血圧計の普及で、それまで知り得なかった様々な血圧情報が得られるようになったのも、1980年代後半からである。たとえば1985年、T. G. Pickeringらは、家庭では正常血圧であるにもかかわらず外来では高血圧を示す一群を見出し、「白衣高血圧」と名付けた。また1988年にはEoin O'Brienらが、夜間降圧が認められる症例をdipper、認められないものをnon-dipperと定義し、non-dipperはdipperに比べて心血管イベントの頻度が高いことを明らかにしている。

 こうした中で、1986年にわが国で、家庭血圧、ABPを用いた前向きコホート研究がスタートした。後に世界的な注目を集める「大迫研究」である(スペシャルインタビュー「今井潤氏」の項を参照)。一般住民を対象としたこの研究は20年を経た現在も継続中であり、長期的な追跡により、(1)家庭血圧、ABPは再現性に優れる、(2)家庭血圧の脳卒中発症予測能は随時血圧を上回る、(3)ABPは脳心血管系死亡リスクと密接に関与する――など多くのエビデンスを生み出し、各国の高血圧診療ガイドラインの基礎データにもなっている。

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