日経メディカルのロゴ画像

 先週末、ランニング中に大学時代の友人とばったり会いました。十分な距離を取りながら、在宅勤務の苦労話などを語り合っているうちに「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の抗体検査ってどうなの?」と尋ねられました。聞けば、「自分が他人にウイルスをうつさない」という確証が欲しいというのです。抗体があることが分かれば、安心して職場に行けるし、家族に感染を広げるリスクも抑えられる。「そのためなら2万円ぐらい出してもいい」と友人は言いました。

 「残念ながら、今の抗体検査にお金を掛ける価値はない」と私は正直に打ち明けました。友人は私が日経バイオテクの編集長であることを知っていて質問したわけですが、ちょっと考えただけでも以下の3つの問題点があります。

(1)現在、日本国内で出回っている抗体検査は、指先から採取した血液を用いる簡易的なイムノクロマト法が大半であり、偽陽性(本当は抗体を持っていないのに陽性と出てしまう)を排除できない。
(2)仮に抗体を持っていたとしても再感染しないとは限らない。
(3)抗体があればウイルスに対して耐性を持つかもしれないが、それがいつまで続くか分からない。

 さらに言えば、せっかく付いた抗体が再感染のリスクを高めたり、症状を悪化させてしまったりする「抗体依存性感染増強(ADE)」と呼ばれる現象も、一部の専門家から指摘されています。こうした問題点を説明すると、友人は「やっぱりダメか」とうなだれました。肩を落として走り去っていく友人の背中を見ながら、抗体検査に対するニーズがなぜここまで高まっているのかを考えました。

「知らずに感染者だった」という淡い期待

 今、ネットで「抗体検査」と検索すると、おびただしい数の広告が出てきます。価格は1万円から数万円ほどで、中には「当院の検査は感度95.7%、特異度96.7%です」などと精度の高さを誇るクリニックも出てくる始末です(その根拠は明らかにされていません)。ただ、偽陽性が避けられない検査では、自分に抗体があるかどうかを知りたいというニーズに応えることができません。それでも人々の不安心理をあおって、抗体検査を売り込もうとする“悪徳クリニック”が後を絶ちません。

 こうしたクリニックをうさんくさいと思いつつも、抗体検査を受けたい人が一定数いるのは、あわよくば自分も感染者だったという「幸運」を期待しているからではないでしょうか。新型コロナウイルスは感染しても8割は無症状もしくは軽症と言われています。厚生労働省によると、5月20日までにPCR検査で陽性と診断された人は1万6385人です。ただ、日本は他国に比べてPCRの検査数が極端に少なく、米ニューヨーク州で実施された抗体検査では、確定された感染者数よりも抗体検査で陽性だった人の割合が10倍以上でした(米カリフォルニア州では数十倍だったというデータも)。こうした状況から、潜在的な市中感染者はかなりの数にのぼるのは間違いありません。そのうちの1人が自分だったら……と思う気持ちもよく分かります。正直に申し上げれば、私もそう期待していた時期がありました。

 考えていることは海外でも同じようです。4月下旬、欧州や米国などで「免疫パスポート」構想が盛り上がりました。抗体を持つ人には移動の自由を与え、仕事にも復帰してもらう。一刻も早く経済活動を復活させたい政治家としては、わらにもすがりたい気持ちなのでしょう。しかし、世界保健機関(WHO)はすぐさま火消しに走りました。テドロス事務局長は4月24日の定例会見で、「抗体検査に陽性だったとしても再度感染しないという証拠はない」と明言しました。

 ただ、WHOは抗体検査に意味がないと切り捨てたわけではありません。25日には「我々はCOVID-19にかかったほぼ全員に抗体ができ、一定の防御になると予想している」とも補足説明しました。流行が始まったばかりの新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)については、一度感染した人が再び感染しないことを保証するだけの科学的な根拠がまだ十分ではない、というのがWHOの真意です。一度獲得した免疫がいつまで保持されるか、これについてもまだデータが出そろっていないというだけです。はしか(麻疹)やおたふく(耳下腺炎・ムンプス)などと同様に、新型コロナも一度免疫が付けば生涯かからない病気になる可能性も十分に残されています。こうした課題に関する研究は世界中の科学者がものすごいスピードで進めているので、いずれ解決すると期待しています。

確実に感染歴を判別する製品も続々登場

 抗体検査についても刻一刻と状況が変わってきています。スイスRoche社が特異度99.8%以上、感度100%を保証する抗体検査製品を開発し、米食品医薬品局(FDA)から緊急使用許可(EUA)を得ました。米Ortho Clinical Diagnostics社は特異度が100%の抗体検査製品を開発し、こちらもFDAからEUAを得ています。外資系企業の製品なので供給量の問題は残りますが、日本国内でも信頼性が担保された抗体検査が続々と使えるようになってきました。


 課題は、静脈中の血液を用いること。医師や看護師が採血する必要があるため、キットに血をごく少量たらすだけのイムノクロマト法に比べると簡便さで劣ります。それでも健康診断など血液検査する機会は意外とあるものです。その際に少し余分に採血しておけば、感染歴を判別する手段となります。人間ドックのオプションとして抗体検査を提供できれば、一定数の需要が見込めるはずです。

 私が抗体検査にこだわるのは、人々の中で崩壊してしまった「信頼」を再構築するには科学的な根拠が必要だと考えるからです。ウイルスは目に見えないため、わずか3カ月足らずで我々は近くに人が寄ってくるだけで脅威に感じるようになってしまいました。激しく咳込んでいる人ならばともかく、見た目だけでは新型コロナウイルスのキャリアであるかどうかは全く分かりません。だからこそ抗体検査で感染歴が分かれば、人々に安心感を与えられると考えています。マスクの着用や手洗いの敢行は続けるとしても、抗体さえあればウイルスが体内に入ってきても増殖を抑えることができます。その結果、自分が周囲の人にウイルスをまき散らすリスクを大幅に減らせます。

観光需要を復活させる起爆剤に

 抗体検査は、今後実用化されるワクチンを補完する役割も担います。ワクチンを接種しても、全員にちゃんと免疫が付くとは限りません。抗体価が十分に上がらない人には、再度ワクチンを接種すれば良いのです(今でも予防接種の効果を確認するための抗体検査があります)。今後の研究で、新型コロナウイルスは一定期間経つと免疫が落ちてしまうことが判明するかもしれませんが、定期的に抗体検査を実施していれば抗体価が下がったことも分かるようになります。

 免疫パスポートのメリットは医療従事者に限りません。小売業や飲食業など不特定多数の人と接する職業の場合、自社の従業員から感染が広がったという事態は何としても避けたいはず。そのうち「当店の店舗スタッフは、全員が抗体検査陽性です」という紙が飲食店に張り出されるかもしれません。飛行機や高速列車など密集空間が避けられない場合、客に対して文字通り免疫パスポートを要求することも考えられます。抗体を持っている人なら、行き先の国や地域で隔離される必要もなくなるからです。途絶えてしまった人の往来を復活させる起爆剤となり得ます。

 もちろん、抗体検査を大規模に実施するには膨大なコストと手間がかかります。ただ、人々に安心感を与え、経済を活性化するには何らかのきっかけが必須です。日本政府は国民に一律10万円を支給する特別定額給付金に12兆7344億円を投じましたが、何度も使える手ではありません。今後の出口戦略を考える上でも、抗体検査の是非を検討する価値はあるはずです。

 日経バイオテクと日経メディカルでは、2020年5月30日(土)10:00~12:30に「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)征圧への道」と題するオンラインセミナーを実施します。医療崩壊を防ぎながら、経済活動を速やかに再開するのはどうしたら良いのか。医療とバイオテクノロジーの専門誌記者がCOVID-19治療薬やワクチンの開発動向を踏まえながら、抗体検査など最新の検査技術についても解説します。当日は、米シリコンバレーから日経BPシリコンバレー支局長の市嶋洋平や米スタンフォード大の西村俊彦ディレクター(スタンフォード大学麻酔科・創薬研究所:SLDDDRS)も生出演し、現地の最新情報も伝えていただく予定です。

会場  Zoomを使ったウェブ配信セミナー
受講料 2000円(税別)
定員 500名(上限)
主催 日経メディカル、日経バイオテク
申し込みはこちら

  • 1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

この記事を読んでいる人におすすめ