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基礎から分かる 添付文書読みこなし術
分布容積って何だっけ?薬の組織移行性を把握するための言葉
日経DI2015年8月号

2015/08/10

日経ドラッグインフォメーション 2015年8月号 No.214

山村 重雄
城西国際大学薬学部 医療薬学科教授
1979年東邦大学薬学部卒業。同大学薬学部薬剤学教室、同大学医療薬学教育センター・医薬品情報学研究室を経て、2006年より現職。主な著書に「薬学生のための生物統計学入門」(みみずく舎)、「疾患病態解析学」(朝倉書店、共著)など。

 添付文書の薬物動態の項には、薬の効果や副作用の表れ方を理解するための情報が記載されている。今回は、薬物動態の項に出てくる、分布容積の意味を解説したい。

分布容積×血中濃度=総薬物量

 分布容積の概念を言葉で表すと、「ある量の薬物を体内に投与した場合に得られる血中濃度と同じ濃度に希釈するために必要な、理論上の血液容積」である。関係式にすると、分布容積×血中濃度=総薬物量となる。

 同じ量の薬物を投与した場合、分布容積が大きい薬物の血中濃度は低く、分布容積が小さい薬物の血中濃度は高いということになる。分布容積は、薬物の組織移行性を把握するのに有用であり、代謝・排泄のスピードを考慮した投与量の設計や、透析による除去のしやすさを検討する際に用いられる。

分布容積が小さい薬は血中にとどまる

 体内の水分を例にして分かりやすく説明しよう。ヒトは体重の約60%が水分なので、これを体重60kgのヒトに当てはめると、体内の水分量は約36kg、つまり約36Lとなる。このうち約3分の2(約24L)は細胞内に保持されており、残り(約12L)は細胞外液として存在している。さらに、細胞外液の約3分の2(約8L)が間質液で、残り(約4L)が血液である。

 もし薬物が細胞外液(12L)に存在する場合、その薬物が分布している体内の液体総量は12Lである。分布容積は体重当たりで用いることが多いので、これを体重当たりの容積で表現すると、12L/60kg=0.2L/kgになる。これが分布容積である。その薬物が間質液にも移動せず、血液中だけにとどまるような薬物であれば、分布容積はさらに小さくなり、血液容積と同じ4L/60kg=0.067L/kgとなる。

 分布容積が小さいということは、その薬物が体内で主に細胞外液にとどまっており、細胞内に取り込まれにくいことを意味しているのである。

分布容積大の薬物は組織に取り込まれる

 一方、分布容積が大きいということは、細胞外液以外のどこかに分布していることになる。その行き先は、細胞内液、受容体、細胞内蛋白質、脂質など、薬物によって様々であるが、いずれも何らかの組織に取り込まれている。つまり、分布容積が大きいことは組織移行性が高いことを示す。

 投与した薬物の90%が細胞内液などに取り込まれ、10%しか血液中に残らない薬物があると仮定しよう。この場合の血中濃度は、血液中にとどまる薬物に比べて10分の1に低下するため、分布容積は0.67L/kgで、実際の血液容積の10倍になる。1%しか血液中に残らない薬物なら、分布容積は6.7L/kgとなる(表1)。

表1 薬物の分布状態と理論上の分布容積の目安

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 表2には、具体的な薬物の分布容積をまとめた。分布容積が0.07L/kgと非常に小さいインドシアニングリーン(商品名ジアグノグリーン、肝機能検査薬)は色素化合物であり、静脈内に注射すると速やかに血中アルブミンなどの蛋白質と結合して、細胞内液に取り込まれずに全身の血管内に分布していく。他の臓器に移行せず肝臓から代謝されるので、肝機能検査薬として適している。このように、血中蛋白質などとの結合力が強く、血管外にほとんど移行しない薬剤は、分布容積が血液の容積(0.067L/kg)と同程度になる。

表2 分布容積と分布範囲に特徴のある薬物

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 また、組織移行性が薬剤選択の上でしばしば問題になるものとして、抗菌薬が挙げられる。一般に、ペニシリン系やセフェム系、アミノグリコシド系抗菌薬の組織移行性が低いことはよく知られている。例えば、アミノグリコシド系抗菌薬であるアルベカシン硫酸塩(ハベカシン他)の分布容積は約0.2L/kgであり、細胞内液の容積(0.2L/kg)とほぼ等しく、体内でほとんどが血液中や細胞外液に分布していることが分かる。ペニシリン系やセフェム系などβラクタム環を持つ抗菌薬も、同程度の分布容積になる。

分布容積が小さいと血中で相互作用

 分布容積の小さい薬物はほとんどが血液中に存在しているため、血液中で起きる薬物相互作用に注意する必要がある。例えば、抗凝固薬のワルファリンカリウム(ワーファリン他)は、細胞外液に移行せず血液内だけに存在する薬物で、分布容積は0.14L/kgとかなり小さい。ワルファリンは血中で97%がアルブミンと結合しているが、ここへアスピリンなどの非ステロイド抗炎症薬(NSAIDs)を併用すると、NSAIDsは分布容積が小さくアルブミンと結合する力が非常に強いため、ワルファリンとアルブミンの結合を解離させ、遊離ワルファリンが増える。NSAIDsによってワルファリンのアルブミン結合率が94%まで落ちると、血中の遊離ワルファリンの割合は計算上3%から6%に上昇する。実際は、遊離ワルファリンは組織のワルファリンと新たな平衡関係となるのでこれほど上昇するとは考えられないが、抗凝固作用が強く発現する可能性がある。

 ワルファリンの他には、抗てんかん薬のバルプロ酸(セレニカ、デパケン他)、フェニトインなどが要注意薬物となる。これらの薬物を、同じく分布容積が小さい薬物と併用する場合には、ワルファリンによる出血傾向、フェニトインによる中毒などの副作用の初期症状に注意しなければならない。

分布容積が大きい薬物は蓄積毒性に注意

 一方、分布容積が大きいことで知られる代表的な薬物はジゴキシンである。腸から吸収されたジゴキシンは速やかに細胞内に取り込まれ、分布容積は9.5L/kgと大きく、血液中にわずかしか存在しない。ジゴキシンは治療域と中毒域が近接しているが、組織移行性が高いために体内から除去するのが困難であり、しばしば問題となる。

 また、アミオダロン塩酸塩(アンカロン他)の分布容積は巨大であり、100L/kgを超えている。この組織移行性の高さにより、長期投与時の血中濃度半減期は19~53日と、驚くほど長くなっている。

 これら以外には、三環系抗うつ薬のアミトリプチリン塩酸塩、イミプラミン塩酸塩、抗精神病薬のハロペリドール(セレネース他)などが分布容積の大きな薬物として挙がる。

 分布容積の大きな薬物は、前述の通り組織移行性が高いため排泄されにくく、体内に長く留まる傾向があるため、長期間服用する場合には、蓄積によって生じる副作用に注意が必要となる。ジゴキシンでは中毒による不整脈、三環系抗うつ薬では抗コリン作用に基づく運動失調や不整脈、ハロペリドールでは手のふるえなどの薬剤性パーキソニズムに注意しなければならない。薬の服用をやめても副作用症状の消失に時間が掛かることがあり、副作用の初期症状を見逃さないことは特に重要である。

 なお、分布容積を知っておくと、最高血中濃度を予測するのに役立つ。例えば、分布容積が0.2L/kgであるゲンタマイシン60mgを体重60kgのヒトに静脈投与した場合、最高血中濃度(Cmax)=60mg/(0.2L/kg×60kg)=5mg/L=5μg/mLというように、簡単に計算できる。この値は添付文書に記載されているゲンタマイシンのCmaxの値(5~6μg/mL)と一致する。投与量と体重からCmaxを見積もるのも、分布容積の使い方の1つだろう。

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