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五感で実践! トリアージ
全身状態とバイタルサイン
日経DI2015年2月号

2015/02/10

日経ドラッグインフォメーション 2014年2月号 No.208

佐仲 雅樹
(城西国際大学薬学部 臨床医学研究室教授
東邦大学医療センター大森病院 総合診療科非常勤講師)

 バイタルサインは、「全身状態の五感アセスメント」を補完するものだ。血圧、心拍数、呼吸数を測定するのは特に難しいことではない。バイタルサインを読んで正しく解釈することが難しいのである。最終回である今回は、バイタルサインの読み方について解説する。なお、ここではバイタルサインの測定手技には触れていないため、手技については他書を参照していただきたい。


 バイタルサインとは、もともと看護分野で提唱され、後に医学領域にも取り入れられた概念である。具体的には、意識、血圧、心拍数、呼吸数、体温が含まれる。バイタルサインは患者の「状態」を把握するためにあるが、ここでいう患者の状態とは、まさにこれまで解説してきた、全身状態のことである。つまり、バイタルサインは病名を付け診断を下すためにあるのではない。

バイタルサインは危機管理のツール

 全身状態とはホメオスタシス(恒常性)の安定度であり、最も重要なホメオスタシスは酸素と二酸化炭素のバランス(ガス交換サイクル)だ。このガス交換サイクルを直接反映する客観的指標として、バイタルサインが用いられる。バイタルサインは直訳すれば生命徴候であり、文字通り生命に直結した、緊急時を想定した言葉である。「生命の危機」を回避するための指針、危機管理の重要なツールとして用いる。高血圧患者の血圧測定はバイタルサインとは呼ばない。

 「生命の危機」が懸念されるのは、重症疾患、手術、重い副作用を起こし得る薬物治療によって、生体が大きなストレス(侵襲)やリスクにさらされる場合である。

 例を挙げてみよう。強い急性胸痛を訴える患者に対して医療者が最初に取り掛かるべきことは、「急性心筋梗塞を診断するための検査」ではなく、バイタルサインを測定してガス交換サイクルの安定度を評価することだ。ガス交換サイクルが不安定化していれば、診断を後回しにして、生命を守るために緊急蘇生処置を行う。また、胃癌の手術を受けた患者に対しては、特段の症状がなくても数時間おきにバイタルサインをチェックする。手術という大きな侵襲は患者のホメオスタシスを不安定にさせるので、全身状態悪化の前触れを見逃さないように、バイタルサインの変化を連続的にチェックするのだ。

ガス交換サイクルとバイタルサインの関係

 正常な意識や活発な身体活動は、十分な酸素が脳に供給されてこそ可能となる。脳への酸素供給の大前提になるのが、安定した「呼吸」と「循環」だ。大きな侵襲によって全身状態が悪化すると、最終的にガス交換サイクルが破綻して、呼吸不全や非代償性ショックに至る。また、全身状態の悪化には、全身性炎症反応症候群(SIRS: systemic inflammatory response syndrome)が深く関与している(図1)。

図1 ガス交換サイクルの不安定化とバイタルサイン

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 ガス交換サイクルの不安定化の「前触れ」として重要なのが、軽度の呼吸不全、代償性ショック、そしてSIRSだ。これらを早期にキャッチすることが、バイタルサインによる危機管理である(表1)。

表1 ガス交換サイクル破綻の「前触れ」

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 呼吸を反映する代表的パラメーターは呼吸数、循環のパラメーターは血圧と心拍数である。SIRSは体温、呼吸数、心拍数の変化として捉えられる。意識障害は呼吸の異常、循環の異常、SIRSのいずれによっても起こり得る。意識とは全身状態を広く映し出す「窓」である。バイタルサインの諸項目は、単独ではなく相互に関連しながらガス交換サイクルの状態を反映する。

 呼吸不全は、呼吸器系トラブルによるガス交換サイクルの破綻である。初期から「息が十分吸えない・吐き出せない」「息苦しい」「息が切れる」「空気が足りない」などと、特徴的な自覚症状を訴えることが多い。軽い呼吸不全であっても、呼吸数の増加が認められる。

 実際に行うと分かるが、呼吸数を正確に測定するのは案外難しい。そこで、言葉の途切れをみる簡便なチェック法がある。途切れることなく流ちょうに話すことができれば、呼吸数の増加はない。必要以上に言葉が途切れるときは、軽度~中等度の呼吸数増加がある(20~30回/分)。2~3の単語で途切れる場合は、高度の呼吸数増加と見なせる(30回/分以上)(図2)。

図2 呼吸数と言葉の途切れ

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 循環器系トラブルによるガス交換サイクルの破綻が、ショックである。生体が自律神経反応(心拍数増加、末梢血管収縮など)を総動員して、血圧が下がらないように抵抗している状態が代償性ショックであり、抵抗力が尽き果てて血圧が下がった状態(収縮期血圧90mmHg以下)が非代償性ショックだ。非代償性ショックが「破綻」であり、代償性ショックがその「前触れ」である。

 どの臓器に発症した炎症であっても、SIRSまで発展すれば呼吸器系や循環器系にトラブルを起こす。最悪の場合、呼吸不全やショックに至る。SIRSはそれらの重要な前触れとして、バイタルサインで客観的に評価できる。

グレーゾーンはどう見極めればよいか

 バイタルサインには正常と異常の明確な基準はないが、臨床的に妥当と思われる基準を挙げておく(表2)。判定基準にある「緊急値」と「準緊急値」は、誰が見ても「これはおかしい」と判断できる、明らかな異常値である。院内なら処置や検査などの緊急対応が必要となり、薬局であれば「すぐに病院に行ってください」と患者に勧めなければならない。

表2 バイタルサインの基準値と異常値(緊急値、準緊急値)

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 実際の臨床では、基準値か異常値か判断に迷う、グレーゾーンともいうべきケースにしばしば遭遇する。ガス交換サイクルが不安定化する前触れは、グレーゾーン程度の軽い異常であることが多い。そこで、グレーゾーンの値は、バイタルサインの各項目を関連付けて読むことが重要となる。

 繰り返すが、前触れとは身体がガス交換サイクルを安定させるために、自律神経反応、炎症反応、呼吸促進を総動員して抵抗している状態である。バイタルサインの各項目に反映される抵抗力(呼吸数、血圧、心拍数、体温)を一つひとつ見ると、「あまり大した異常じゃない」と軽視されがちだが、相互を関連付ければ、抵抗力を総動員した「ギリギリの抵抗」か否かを認識できる。改めて表1を見てほしい。代償性ショックとSIRSの判断基準は、抵抗力の総動員であることが分かるだろう。

 例えば、ふらつきを訴える患者に対して、心拍数を測定したら112回/分だったとしよう。「脈が速いな」と思いつつ血圧を測定して、収縮期血圧が100mmHgだったらどうだろう。心拍数はグレーゾーンで、収縮期血圧は基準値である。「どちらも大した異常ではない」と軽視すれば、その先に非代償性ショックが待ち構えている。この場合、収縮期血圧<心拍数であることに注意してほしい。これはいわゆるバイタルの逆転(心拍数の増加によって、なんとか血圧をキープしようと抵抗している)状態であり、それに気付けば代償性ショックである可能性を見抜くことができる。さらに四肢の冷感(末梢血管収縮)や軽い頻呼吸が確認できれば、抵抗力の総動員が明らかとなり、代償性ショックの確率は高まる。

 もっとも、表1に挙げた前触れの基準に当てはまらない程度の軽微なグレーゾーンもある。バイタルサインは、ある程度全身状態が悪化しないと変化しない。また、バイタルサインは全身の抵抗力の一部を反映するにすぎない。つまり、前触れを早期発見するツールとしては、バイタルサインには限界があるといえる。やはり、最も大切なのは、これまでの連載で解説してきた、全身状態を「パッと見」で判断する、五感アセスメントなのである。

五感アセスメントのセンスを磨こう

 一般用医薬品のインターネット販売に関わる議論の中で、薬剤師による対面販売を支持する根拠として、しばしば「薬剤師の五感」が言及された。自身の視覚、聴覚、触覚、臭覚、そして直感をフルに用いて患者を見る。これこそ、これまでの連載で解説してきた五感アセスメントにほかならない。薬剤師が臨床能力をアピールするために、五感アセスメントのセンスを磨いてほしいと願う。全身状態を捉える五感アセスメントこそ、患者に接する全ての医療者が持つべき最も根本的な臨床能力であることを、再度強調しておきたい。

今回のまとめ

◯バイタルサインとは、診断のためではなく、患者の「状態」を把握するためにある。
◯バイタルサインは、生命の危機を回避するための、危機管理の重要なツールである。
◯ガス交換サイクル不安定化の前触れと判断できる指標は、軽度の呼吸不全、代償性ショック、SIRSであり、これらはバイタルサインによって客観視できる。
◯バイタルサインを解釈するときは、それぞれの数値を単独ではなく、相互に関連付けて読む必要がある。
◯バイタルサインによる判断には限界があり、全身状態を「パッと見」で判断する五感アセスメントが重要である。

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