DI Onlineのロゴ画像

構造で薬を理解する
新作用機序の抗インフルエンザウイルス薬 ファビピラビル
日経DI2015年1月号

2015/01/10

日経ドラッグインフォメーション 2015年1月号 No.207

ジェネティックラボ、薬学博士
伊藤 勝彦
1986年東京薬科大学を卒業、東京理科大学大学院修了後、吉富製薬(現田辺三菱製薬)入社。化合物の合成担当者として創薬研究に関わる。その後、ベンチャーキャピタルなどを経て、現在、病理診断のジェネティックラボ取締役。

エボラ出血熱の治療薬候補に

 エボラ出血熱が西アフリカで拡大している。世界保健機関(WHO)によると、2014年12月15日までに、疑い例を含め感染者は1万8000人を超えた。死亡は6841人で致死率は37.1%だ。医療従事者の感染も深刻で、7日までに感染者は639人、死亡例は349人と報告され、致死率は54.6%と全体を上回っている。

 現在、エボラ出血熱に対して承認された治療薬がないため、WHOは14年8月11月に医療倫理の専門家による協議の場を設け、世界の12人の医療倫理の専門家に「未承認薬の使用が可能かどうか」の検討を委ねた。この協議で、特定の条件を満たせば有効性や安全性が確認されていない未承認薬を治療や予防のために提供することは、倫理的に問題ないとの合意に達した。

 治療薬の候補としてはファビピラビル(商品名アビガン)、TKM-100802、ZMappr、ワクチンではVSV-ZEBOV、Cad3などが挙げられている。この中で特に注目されるのは、14年3月24日に抗インフルエンザウイルス薬として国内承認されたファビピラビルだ。TKM-100802が核酸を結合させたsiRNA製剤、ZMappがモノクローナル抗体の混合物で、いずれも静注製剤であるのに対して、ファビピラビルは低分子化合物の経口薬で、輸送や保管を含めた取り扱いが容易である。また、製造工程が他の化合物に比べ複雑ではないため、感染が想定外に広がるなどの緊急時に対応が可能と考えられる。

RNAポリメラーゼを阻害

 ファビピラビルを創製したのは、富士フイルムホールディングス傘下の富山化学工業。自社の化合物ライブラリーに対するin vitroスクリーニングアッセイを行って抗インフルエンザ活性を持つ化合物を見つけ、さらにその欠点を改良した。ファビピラビルの化学名は、6-フルオロ-3-ヒドロキシ-2-ピラジンカルボキサミド。母核はベンゼン環の1、4位が窒素に置換された複素環式化合物のピラジン環(図1)だ。特徴は、不飽和環のピラジン環の3位に水酸基が付加し、4位の窒素に隣接していることだ。さらに水酸基の反対側(パラ位)の炭素にフッ素が結合している。

 フッ素は全元素中で最も大きな電気陰性度を持つ原子で、ピラジン環の電子を引き寄せる。このような構造が、ケト-エノール互変異性の平衡状態を作り出している(図1)。ケト型では分子内に水素結合を形成し、あたかも2つの環を持つ二環性化合物として振る舞う。この互変異性体の存在が薬効発現に大きく関与する。ちなみに、互変異性とは異性体同士が互いに変換する異性化の速度が速く、どちらの異性体も共存する平衡状態にある状態を指す。

図1 ファビピラビル(favipiravir)の化学構造

画像のタップで拡大表示

 ここで、ウイルスについて触れておきたい。ウイルスは生命の最小単位と定義される「細胞」がないため、非生物とされることもある。細胞に寄生し、蛋白質の殻の中に自己を複製するための核酸を封入した構造体だ。遺伝物質の違いから、DNAウイルスとRNAウイルスに大分される。さらに核酸が一本鎖か二本鎖かに分類され、一本鎖のRNAであればそれがmRNAとしての活性を持つ(つまり蛋白質の鋳型となる)プラス(+)鎖RNAか、持たないマイナス(ー)鎖RNAかに細分化される。

 ファビピラビルが薬効を示すインフルエンザウイルスは、ー鎖の一本鎖RNAウイルス。このウイルスはRNA依存性RNAポリメラーゼによって、ー鎖RNAからmRNAを合成する。ファビピラビルは、この増殖に必須な酵素である「RNA依存性RNAポリメラーゼ」の働きを阻害するのだ。そして、エボラウイルスもー鎖の一本鎖RNAウイルスである。なお、ファビピラビルは、ウイルス増殖による細胞傷害のスクリーニングアッセイから見つかったため、発見した時点では作用機序は不明だった。

生体内でGTP、ATPの類似物質に変換

 「なぜ、ファビピラビルを発見できたのか」の問いに、発見者である富山化学工業薬理研究部副部長の古田要介氏は「毎日、細胞の顔を見ていたからだろう」と観察の重要性を述べる。例えば、測定機器を使用してのアッセイでは、細胞が傷害を受けたという情報は得られるが、その原因が、検体自体の細胞毒性なのか、ウイルスによって傷害を受けたのかが分からない。ところが古田氏は、「顕微鏡下で細胞の状態をよく観察すれば、両者を区別できる」と言う。このような細心の観察力が、世界中から期待の目を向けられているファビピラビルを見いだした。

 作用機序の解明も難題だったが、古田氏はファビピラビルにプリン系核酸(グアニン、アデニンなど)を添加すると抗ウイルス活性が減弱する一方で、ピリミジン系核酸(シトシン、ウラシルなど)を添加しても変化がないことを明らかにした。この結果、ファビピラビルがプリン系核酸を基質としたRNA複製に何らかの影響を及ぼしていると仮定し、ファビピラビルがリボース化、さらに三リン酸化されてファビピラビルリボシル三リン酸(FRTP)となること、この活性本体がグアノシン三リン酸(GTP)やアデノシン三リン酸(ATP)と競合してRNAポリメラーゼを阻害することを突き止めた。FRTPはGTPやATPと間違って認識され、基質としてRNAポリメラーゼに取り込まれてその働きを阻害するのだ。FRTPとGTP、ATPとの構造的類似性は、構造式を見比べれば理解できるだろう(図2)。

図2 ファビピラビルの活性本体

画像のタップで拡大表示

 つまり、ファビピラビルは生体内で基質類似物質に変換されるプロドラックといえる。古田氏が、スクリーニングアッセイで見いだしたのは3-ヒドロキシ-2-ピラジンカルボキサミド誘導体だったが、活性本体はそのリボシル三リン酸体だ。オセルタミビルリン酸塩(タミフル)、ラニナミビルオクタン酸エステル水和物(イナビル)など、既存の抗インフルエンザ薬にはノイラミニダーゼを阻害してウイルスの遊離を抑制するものが多いが、ファビピラビルはこれらとは異なる作用機序の抗インフルエンザ薬だった。

承認されるも流通は制限

 ファビピラビルの製造販売承認申請が提出されたのは11年3月30日で、申請時の効能・効果はA型またはB型インフルエンザウイルス感染症だった。医薬品医療機器総合機構(PMDA)は、胚・胎児試験を実施した4種の動物種でファビピラビルの催奇形性が認めらたこと、動物で催奇形性が認められた曝露量と申請用法・用量でのヒトでの曝露量が同程度であることなどから、ヒトでの催奇形性の危険性が懸念されると判断した。さらに、臨床試験において頑健性の高い結果として有効性が示されていないこと、申請された効能・効果である季節性インフルエンザウイルス感染症では既に他の治療薬があることから、申請されたデータパッケージでは、承認は困難であるとした。

 しかし、2013年3月に鳥インフルエンザウイルスA(H7N9)のヒト感染例が初めて報告され、既存のノイラミニダーゼ阻害薬に感受性が低いと報告された。専門家から「新規作用機序を持つファビピラビルは絶対必要」という意見が集まったことなどから、最終的には「新型又は再興型インフルエンザウイルス感染症(ただし、他の抗インフルエンザウイルス薬が無効又は効果不十分のものに限る。)」と適応を限定し、条件付き承認となった。妊婦、妊娠している可能性のある婦人には禁忌だ。エボラ出血熱治療薬としての有効性の検証が待たれるところだ。

図3 ファビピラビルの作用点

画像のタップで拡大表示

●薬の薀蓄●

抗ウイルス薬のステムは「-vir」「-virine」
 前回、一般名の特徴は、ステム(stem)という方法が取られていることだと説明した。抗ウイルス薬には主に「-vir」が使われ、さらに薬理作用や構造を示す文字が加わる。抗インフルエンザ薬のノイラミニダーゼ阻害薬のステムは「-amivir」で、オセルタミビル(商品名タミフル)、ラニナミビル(イナビルの活性本体)など。C型肝炎治療薬のNS3-4Aプロテアーゼ阻害薬は「-previr」がステムで、シメプレビルナトリウム(ソブリアード)などとなる。

 ウイルスは複製に必要な最低限の分子で構成されるため薬の標的分子は限られ、核酸(RNA、DNA)はその一つ。核酸誘導体はステムとして、「-cavir」や二環性の複素環式化合物を示す「-ciclovir」を用いる。前者は抗HIV薬のアバカビル硫酸塩(ザイアジェン)、後者は抗ヘルペスウイルス薬のバラシクロビル塩酸塩(バルトレックス)など。両剤ともプリン骨格を持ち、プリン系核酸と構造が類似しているため、ウイルスの逆転写酵素やDNAポリメラーゼによる基質の取り込みを競合的に阻害し、DNA鎖の伸張を止める。一方、抗HIV薬で核酸誘導体ではない逆転写酵素阻害薬(NNRTI)のステムには「-virine」が使われる。NNRTIは逆転写酵素に結合し、活性部位の立体構造を変化させて酵素阻害活性を示す。リルピビリン塩酸塩(エジュラント)がその例だ。

  • 1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

この記事を読んでいる人におすすめ