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症例に学ぶ 医師が処方を決めるまで
前立腺癌
日経DI2014年12月号

2014/12/10

日経ドラッグインフォメーション 2014年12月号 No.206

講師
吉村 一宏
(近畿大学医学部泌尿器科教授)

講師から一言

 これまでの進行性前立腺癌に対する薬物療法は2次ホルモン療法やドセタキセルを用いた化学療法に抵抗性となればほとんど治療オプションがないのが現状であった。2014年に、上述した3つの新規治療薬がわが国の実臨床の場で使えるようになり、CRPC症例の予後の改善が期待される。今後は既存の薬と合わせて、患者の生活の質(QOL)を最大限に上げるような治療戦略を確立することが重要な課題であると考えられる。前立腺癌治療にこのようなパラダイムシフトが起こる中で、本稿が新規薬剤についての知識を共有する一助になれば幸いである。

 前立腺癌の罹患者数は、世界で年間約90万人(2008年)であり、男性の癌としては第2位で13.7%を占める。年間死亡数は同約26万人で、癌全体の6%を占め第6位になっている。わが国においては罹患率、死亡率ともに上昇傾向にあり、2000年は年間罹患者数が約2万3000人、死亡者数が約7500人だったのに対し、10年の推定罹患者数は6万5000人、死亡者数は1万1000人となっている。罹患者数は20年には約7万8500人に達し、死亡者数は約2万1000人になると見込まれている。

 近年はわが国においても前立腺特異抗原(PSA)によるスクリーニングが普及し始めている。PSAは前立腺で作られる蛋白質で、前立腺細胞の破壊により血中に漏れ出すため、前立腺癌があれば、80~90%で血中PSA値が上昇する。また、薬物療法が奏功すればPSA値は下がるため、PSA検査は治療の効果をモニタリングする手段としても利用されている。

 図1に示すように、診断時に癌の浸潤・転移が見られない局所限局性前立腺癌では、ロボット支援下鏡視下前立腺摘除術などの外科手術、小線源治療や強度変調放射線治療(IMRT)などの放射線療法が実施される。PSA値が10ng/mL未満で、癌細胞の悪性度が低い低リスクの症例では、PSA値を監視するだけで積極的な治療を行わない場合もある。しかし、局所限局性でも転移リスクが高い場合や、診断時に浸潤が見られる局所進行性前立腺癌、他の臓器・組織に既に転移がある転移性前立腺癌と診断された症例は、薬物療法の適応となる。

図1 前立腺癌の分類と治療の流れ

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 前立腺癌はホルモン依存性の癌で、男性ホルモンの影響を受けて進行する。このため前立腺癌に対する薬物療法はホルモン療法(内分泌療法)が第一選択であり、その臨床効果においてこれを凌駕する他の薬物療法は現在までのところ登場していない。

 ホルモン療法の効果は著明で、治療開始直後はほとんどの症例でPSA値の低下が見られる(近接効果)が、2~3年で効果が弱まり、PSA値が再上昇する。ホルモン療法でコントロールができなくなった場合は抗癌剤を用いた化学療法を実施するが、相対的に副作用が強いことなどから、可能な限り長い間、ホルモン療法を継続することが、薬物療法の基本方針となっている。

 そこで問題となるのが、ホルモン療法により男性ホルモンの分泌が抑えられている(内科的去勢)にもかかわらず進行する「去勢抵抗性前立腺癌(CRPC)」である。幸いなことに、CRPC症例にも使える新規のホルモン療法薬が、14年からわが国においても発売され、実臨床の場で使用されるようになってきた。本稿では症例を提示しつつ、標準的なホルモン療法からCRPC症例に対する薬物療法まで、臨床現場での処方例を紹介する。

CRPCとなった患者にザイティガ

 1例目は局所進行性前立腺癌と診断された77歳の男性である。診断時のPSA値は18ng/mL、前立腺被膜外への浸潤が画像上認められた。病理検査でもグリーソンスコア9と、ハイリスク症例である。直ちにホルモン療法を開始、黄体形成ホルモン放出ホルモン(LH-RH)受容体作動薬(LH-RHアゴニスト)であるリュープリン(一般名リュープロレリン酢酸塩)の注射を4週ごとに実施し、カソデックス(ビカルタミド)の内服を始めた。

 わが国で最も一般的なホルモン療法は、LH-RH製剤(LH-RHアゴニストあるいはLH-RHアンタゴニスト)と抗アンドロゲン薬の併用療法(複合アンドロゲン阻害療法、CAB療法)もしくはLH-RH製剤の単独療法である。LH-RH製剤は、下垂体に作用して性腺刺激ホルモンの分泌を抑制し、抗アンドロゲン薬は前立腺癌細胞表面のアンドロゲン受容体に作用して、癌細胞の増殖シグナルを阻害する。図2、図3に前立腺癌ホルモン療法で使用される薬剤の作用点と、現在ホルモン療法に主に使われている薬剤を示した。わが国における臨床研究では、2剤を併用するCAB療法が他のホルモン療法と比較して有意に予後を改善するという結果が示されている。

図2 ホルモン療法の作用点

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図3 前立腺癌に使用する主なホルモン療法薬

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 LH-RHアゴニストにはゴセレリン酢酸塩(ゾラデックス)とリュープロレリンがあり、いずれも徐放性の注射薬(デポ剤)である。また2012年からはLH-RHアンタゴニストであるデガレリクス酢酸塩(ゴナックス)も使用できるようになった。LH-RHアンタゴニストではLH-RHアゴニスト投与開始時に見られる一過性のテストステロン上昇や、それに伴う前立腺癌随伴症状の増悪(フレアアップ)がなく、急速に血中テストステロン値を低下させるため、フレアアップとして尿路閉塞や骨痛、脊髄圧迫などが懸念される症例では有用である。14年9月には、新しい機序でテストステロンの産生を抑制する新薬アビラテロン(ザイティガ)も発売されている。

 抗アンドロゲン薬としては、構造式の中にステロイド骨格を有するステロイド性抗アンドロゲン薬である酢酸クロルマジノン(プロスタール他)と非ステロイド性抗アンドロゲン薬であるフルタミド(オダイン他)、ビカルタミド(カソデックス他)がある。こちらも、14年5月に新薬エンザルタミド(イクスタンジ)が発売され、選択肢が増えた。

 この症例では、CAB療法の開始後、27カ月目にPSA値の連続上昇を認めた(図4)ため、リュープリン持続下でカソデックスを休薬した。ホルモン療法への治療抵抗性が見られたときに抗アンドロゲン薬を休止すると、一時的にPSA値が降下する例がある(抗アンドロゲン除去症候群、AWS)。抗アンドロゲン薬の治療抵抗性は、癌細胞のアンドロゲン受容体が、薬の結合により活性化するよう変異することでも生じると考えられている。休止により活性化の源を断つと、一時的に増殖が抑えられるのである。

図4 症例1の経過(吉村氏による)

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 この症例では、カソデックスの休薬後、低下したPSA値が再び上昇したため、オダインに抗アンドロゲン薬を変更する抗アンドロゲン薬交替療法を行った。

 しかしオダイン開始後、PSA値は一旦は下がったものの再び上昇し、骨シンチにて骨転移も確認された。

 そこで本症例では、LH-RHアゴニストであるリュープリンについては12週ごとの皮下注射を継続しつつ、ザイティガの経口投与を開始した。

 また、骨転移に対しては、抗RANKL抗体であるランマーク(一般名デノスマブ)の4週間ごとの皮下投与を開始した。ランマークの重篤な副作用である低カルシウム血症の予防のために、カルシウム、天然型ビタミンD3、マグネシウムの配合剤であるデノタスも処方している。

 ザイティガは精巣や副腎などで働く酵素CYP17の阻害薬であり、17α-ヒドロキシラーゼと17,20-リアーゼ活性を阻害することによりアンドロゲン合成を阻害する(PE20ページ図5)。食事の影響により、最高血中濃度(Cmax)と血中薬物濃度時間曲線下面積(AUC)が上昇するため、食事の1時間前から食後2時間までの服用は避ける。

図5 ザイティガのアンドロゲン合成阻害

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 頻度の高い副作用としては、肝障害、低カリウム血症などがある。ザイティガによりアンドロゲン合成が阻害されるのに伴い、コルチゾールの産生が減少する。すると、フィードバック作用により、ミネラルコルチコイド作用を持つステロイドの血中濃度が増加し、高血圧、低カリウム血症、体液貯留といった有害事象につながる。そのため、ザイティガの投与時には、コルチゾールの減少を補う目的で経口ステロイドのプレドニン(プレドニゾロン)を必ず併用する。本症例では、ステロイド潰瘍の予防のため、タケプロン(ランソプラゾール)も処方した。

 本症例ではザイティガ開始後、PSA値が低下。現在PSA値が4~5ng/mLに抑制されており、経過観察中である。ザイティガではステロイドの併用が必要であるため、糖尿病患者などではステロイドによる血糖コントロール不良などが懸念される。他の疾患を持つ患者にザイティガを投与する場合、十分に経過観察することが必要である。

ドセタキセル不応例に3つの選択肢

 2つ目の症例は、タキソテール(ドセタキセル水和物)による化学療法を開始したが、病勢のコントロールが難しくなった症例である。症例は診断時64歳の男性、診断時のPSA値は106 ng/mL、精嚢への浸潤を画像上認め、骨盤内所属リンパ節転移、骨転移も認められた。病理検査ではグリーソンスコア9であり、ハイリスク症例である。症例1と同様に、ホルモン療法としてCAB療法や抗アンドロゲン薬交替療法などを実施したが、CRPCとなったため、ドセタキセルによる化学療法を導入した。これにより1年弱のPSA値のコントロールが可能であったが、再びPSA値は上昇を始めた。

 このようなドセタキセル抵抗性のCRPC症例には、前述のザイティガの他、14年5月に発売されたイクスタンジも適応となる。比較的若年のハイリスク症例であることを考えると、14年9月に発売された新規化学療法薬のジェブタナ(カバジタキセル)に切り替えるという選択肢もある。本例では、患者の希望や既往症(糖尿病)を考慮して、ホルモン療法薬のイクスタンジを選択した。

 イクスタンジは新規のアンドロゲン受容体アンタゴニストであり、アンドロゲン受容体への親和性はカソデックスの約10倍とされている。さらに、アンドロゲン受容体の核内移行、アンドロゲン受容体とDNAの結合を阻害する作用もあり、従来の抗アンドロゲン薬よりも強力にアンドロゲンの作用をブロックする。なお、イクスタンジは14年10月に添付文書が改定され、症例1のような化学療法未施行のCRPC症例にも投与が可能になっている。

 イクスタンジは海外臨床試験においてけいれん発作の発現が報告されているため、注意を要する。その他の副作用として、血小板減少や、悪心、下痢などがある。本症例でもイクスタンジの投与開始1週間でグレード2の疲労が出現したが、休薬せず投与を続けた。現在PSA値は10ng/mLまで低下しており、投与を継続している。

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