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副作用症状のメカニズム
おっぱいが出なくなってしまった
日経DI2014年12月号

2014/12/10

日経ドラッグインフォメーション 2014年12月号 No.206

講師
名城大学薬学部
医薬品情報学准教授
大津 史子(おおつ ふみこ)
1983年、神戸女子薬科大学卒業。滋賀医科大学外科学第2講座勤務を経て、名城大学薬学部専攻科に入学。87年に同大学薬学部医薬情報センターに入職、同学部医薬品情報学講師などを経て、2008年から現職。

症例
 生後5カ月の乳児を抱いた母親が来局。咽頭炎による発熱と喉の痛みでつらそうで、アモキシシリン水和物(商品名サワシリン他)とロキソプロフェンナトリウム水和物(ロキソニン他)が処方されていた。また、乳児にもアモキシシリンが処方されていた。薬剤師は「抗菌薬は添付文書に『授乳を避けること』とありますので、授乳はしないでください」と説明した。後日、処方した小児科医から電話があり、「わざわざ赤ちゃんと同じ抗菌薬を母親にも処方したのに『授乳はだめ』と伝えるなんて。1週間も授乳を止めたら、おっぱいが出なくなるわよ」と、相当の剣幕だった。

 アモキシシリンやロキソプロフェンの添付文書には、「授乳中の婦人への投与は避けることが望ましいが、やむを得ず投与する場合は、授乳を避けさせること」と記載されている。授乳婦の薬物療法を論ずる場合、母乳への移行に焦点が当てられることが多く、万一のことを考えて、移行性が低い薬剤でも授乳を避けさせることが多い。しかし、母乳は水道の蛇口のように、容易に止めたり出したりできるわけではない。授乳を中断したら、乳汁分泌が止まってしまうことも考えられる。その場合、乳児は、母乳の恩恵が得られないことになる。そのデメリットは十分に考慮されているだろうか。

母乳のメリットと授乳中断

 母乳は、ヒトの乳児が必要とする栄養素の必須項目を満たすように特別にデザインされている。生後1年間に、乳児の脳の容積は2倍、身長は1.5倍になる。骨格や神経などが急速に成長するために必要不可欠な栄養素が、母乳には含まれている1、2)。蛋白質、ラクトフェリンやリゾチームなどの抗菌蛋白質、オリゴ糖、エイコサペンタエン酸やドコサヘキサエン酸などの脂質、微量元素などが含まれているが、その成分や量は住んでいる地域、成長速度によって異なる。また、免疫グロブリン、成長ホルモン、サイトカイン、リンパ球や好中球、マクロファージなどの細胞成分も含まれ、感染防御や免疫調節作用も有している。母親が感染症に罹患すると、その抗体を作って母乳に分泌し、乳児を守る。

 最近の研究では、母乳には700種類以上の細菌が含まれており、これが乳児の腸内細菌叢の形成に関わっていることも分かってきている3)。また、肺炎や腸管感染症、尿路感染症などの罹患リスクは、母乳栄養によって低下する。小児白血病やHodgkinリンパ腫などの発症リスクも、母乳栄養で育った子どもの方が低い1)。アレルギー疾患、1型糖尿病、関節リウマチなどの自己免疫による疾患の発症予防効果も指摘されている。母乳中には、インスリン感受性改善作用を持つアディポネクチンやレプチンが含まれており、成人期の肥満抑制効果をもたらすことも分かってきている4)

 さらには、認知機能への影響や5)、母子のコミュニケーションや愛着形成を促進する6)なども明らかになっている。乳汁分泌の中心的役割を担うプロラクチンは母乳にも含まれ、乳児の将来の母性行動やストレス耐性に関わる神経系の基盤形成にも関係していると考えられている7)

 また、母乳は経済的であり、最も簡単に乳児が栄養を取れる手段といえる。母親に熱があって動けなくても、乳房をくわえさせれば子どもに栄養を与えられる。災害時に人工乳のための湯の調達や消毒が問題となったが、そうした心配も必要ない。

母乳産生のメカニズム

 乳管には、「腺房」という肺胞のような房がついている。エストロゲンが下垂体前葉に働き、プロラクチンの分泌を促し、プロラクチンと共に腺房の発育を促進させる。エストロゲンは、出産までの母乳の分泌抑制や、プロラクチンやグルココルチコイドと共に乳房の腺房細胞におけるαラクトアルブミンの合成を促進させる役割も担っている。プロラクチンの刺激により、乳腺組織でグルコースやアミノ酸の吸収が促進され、腺房の上皮細胞で乳糖やカゼイン、αラクトアルブミンなどが合成され、腺房の中に分泌される。すると浸透圧が上昇し、母体血の血漿成分から水分が腺房内に移動し、母乳の基になる。

 乳脂肪は、アポクリン分泌で脂肪球として腺房内に分泌される。腺房は、筋上皮細胞に取り巻かれており、乳児の吸啜刺激によってオキシトシンが分泌され筋上皮細胞が収縮し、腺房から乳管に母乳が分泌される。

 プロラクチンの血中濃度は、妊娠末期から授乳期に最も高くなり、乳児による吸啜刺激が続く間は高値に保たれる。プロラクチンは、乳腺細胞の受容体に作用し、乳汁産生を促進し、脳内脈絡叢の受容体を介して脳脊髄液に取り込まれ、脳神経系に作用し母性行動の誘導、ストレス耐性の増強、生殖機能の抑制にも働く7)

 乳頭吸啜刺激がなくなると、プロラクチン濃度は低下し、乳汁分泌が減少する。授乳をしないと1~2週間で妊娠していないときと同レベルに低下するとされており8)、1週間の授乳中断で、母乳分泌が止まってしまうことも考えられる。授乳期が終了すると、乳腺の腺房細胞と筋上皮細胞は死滅し、乳腺全体が退縮する9)

母乳への薬の移行量を考える

 母親が服薬し血中濃度が上がると、多かれ少なかれ母乳中に薬が移行する。母乳中に移行しやすい薬の特徴として一番に挙げられるのは、脂溶性が高いことである。血液中の薬物は、血管と乳管の細胞膜を挟んで、母乳との間で平衡を保つために移行する。従って脂溶性の高い、つまり母体血のpHで分子型の比率の高い薬は、細胞膜を通過して母乳に移行しやすい。脂溶性かどうかは、インタビューフォームなどに記載されている油水分配係数で確認できる。

 プロドラッグは、体内で活性代謝物になると脂溶性が低くなり、母乳に移行しにくくなる。また、移行したとしても、乳児が飲んだ場合、脂溶性が低いため消化管からの吸収が悪く、バイオアベイラビリティが低いと考えられる。

 水溶性でも分子量の小さいもの(200ダルトン未満)は、腺房上皮細胞の隙間から母乳へ移行する。また、血漿のpHは7.4、母乳のpHは7.2程度であり、塩基性薬物で酸解離定数(pKa)が7.4より小さい薬物は、分子型の割合が高く、乳汁に移行しやすいと考えられる。しかし移行した薬物は、母体の血中濃度が下がったときにも平衡を保とうとするため、乳汁から母体血に移行する。

 反対に、塩基性薬物でpKaが7.4より大きい薬物は、分子型の比率が低く、乳汁に移行しにくい。しかし一旦、移行したら、イオントラップによって薬物は母乳に戻ることがないため、乳汁中に留まる。なお、蛋白結合率が高い薬剤は、母乳中に移行するのに時間がかかる。

 乳汁移行について、目安となる指標として「相対的乳児薬物摂取量(RID)」がある。一般にRIDが10%以下であれば、問題なく授乳できるとされている。乳児の薬物摂取量は、理論的薬剤摂取量(TID)として、母乳中の薬物濃度×摂取した母乳の量で求める(図1)。母乳中の薬物濃度は、添付文書などから最高血中濃度を得て、これにM/P(母乳中の血中濃度/血漿中の薬物濃度)を掛けて算出する。M/Pが1より大きければ母乳へ移行しやすい薬剤と考えられる。

 乳児が摂取する母乳の量は、離乳開始前(15日目~5カ月)は780mL/日、離乳開始後(6~8カ月)は600mL/日、離乳開始後(8~11カ月)は450mL/日を用いる10)。また、M/Pは、インタビューフォームなどから、その薬物のpKaを調べて計算できる(図1)。

図1 相対的乳児薬物摂取量とM/Pの計算方法

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 なお、主な薬剤のRIDやM/Pは、薬物の乳汁移行に関する著名な書籍である『Medications and Mothers’ Milk, 16th ed.2014』11)に収載されている。一方、国立成育医療研究センターは、ウェブサイトで、「授乳中に安全に使用できると思われる薬」と「授乳中の治療に適さないと判断される薬」のリストを公開している12)。また、信頼できるウェブサイトとして米国立衛生研究所(NIH)の関連機関による「Drugs and Lactation Database (Lact_Med)」がある。文献が豊富で随時更新されており、重要な情報源である。

 RIDの計算式からも分かるように、基本的には母親の血中薬物濃度が低ければ、移行する薬の絶対量も少ない。つまり吸入薬や外用薬など局所製剤の方が選択しやすい。また、半減期が短かい薬剤は、最高血中濃度になる時間帯からずれれば、母乳中の薬物濃度は格段に下がるといえる。


 最初の症例を見てみよう。母親に処方されたアモキシシリンとロキソプロフェンはいずれも水溶性で、弱酸性薬物である。母親の体重は50Kg、赤ちゃんの体重を5KgとしてRIDを計算してみよう。アモキシシリンの1日投与量を750mgとすると、RIDは0.15%である。ロキソプロフェンは、3回服用して1日投与量を180mgとすると、8.4%程度である。

 ロキソプロフェンについては、実際に未変化体の乳汁中濃度を測定した報告があるが、服用後30分から90分で検出限界以下となっている13)。さらにロキソプロフェンは、プロドラッグであり、半減期も1.2時間と短い。時間をずらせば、授乳時における濃度は圧倒的に下がり、母乳からのバイオアベイラビリティも低いことが予測できる。

 上記を勘案すると、このケースでは授乳を中断させる必要はなかったと考えられる。薬剤師の一言によって、乳児が母乳の恩恵を受けられずに育つ可能性もあった。「添付文書に書いてある」は理由にならない。薬物が母乳中に移行するのか、その量はどのくらいなのか、移行したときに乳児に何かを起こすのか、小児への適応がある薬の場合はどうなのか、半減期が短い薬の場合はどうなのか、授乳を続けられる代替薬はないのか─。これらを考えられるのが、薬剤師である。

 憲法25条には、国の責務として「すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」とある。その責務を国は、国家資格の免許を与えた「薬剤師」に託している。その薬剤師の専権業務は「調剤」である。調剤とは、調剤指針では「薬剤師が専門性を活かして、指示された薬物療法を患者に対して、個別最適化を行い実施すること」と示されている。さらに先般、薬剤師法第25条の2が、「必要な情報を提供し、必要な薬学的知見に基づく指導を行わなければならない」と改正された。「薬学的知見に基づく指導」とは、まさに薬物療法の個別最適化であり、薬物療法の結果の評価と適正化である。

 4年半、50回に渡って「副作用症状のメカニズム」を連載してきた。最終回では、薬剤師が本来、求められている職能を発揮しなかった場合に、薬剤師自体が患者にとっての副作用になりかねないことに警鐘を鳴らして、連載を終えたい。

参考文献
1)稲毛英介ら、チャイルドヘルス2003;16:623-7.
2)和泉裕久、日本母乳哺育学会雑誌2013;7:25-9.
3)Cabrera-Rubio R, et al., Am J Clin Nutr 2012;96:544-51.
4)中野有也、日本母乳哺育学会 2013;7:35-41.
5)Kramer MS et al., Arch Gen Psychiatry 2008;65:578-84.
6)Strathearn L et al., Pediatrics 2009;123:483-93.
7)田中 実、日本母乳哺育学会雑誌 2012;6:38-42.
8)早稲田智夫ら、綜合臨床 2011;60:1115-9.
9)久具宏司、産科と婦人科 2009;76:22-8.
10)廣瀬潤子、遠藤美佳、柴田克己、他、日本母乳哺育学会雑誌 2008;2:23.
11)HaleTW.,『Medications&Mothers’Milk』(2014、Hale Publishing)
12)Drugs and Lactation Database (Lact_Med)
http://toxnet.nlm.nih.gov/cgi-bin/sis/htmlgen?LACT
13)小森浩二ら、医療薬学 2014;40:186-92.

本連載は今月号で終了します。長らくのご愛読、ありがとうございました。

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