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薬理のコトバ
プラセボ効果
日経DI2014年12月号

2014/12/10

日経ドラッグインフォメーション 2014年12月号 No.206

講師:枝川 義邦
早稲田大学研究戦略センター教授。1998年東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了。博士(薬学)。薬剤師。07年に早稲田大学ビジネススクール修了。経営学修士(MBA)。名古屋大学環境医学研究所助手、日本大学薬学部助手、早稲田大学高等研究所准教授、帝京平成大学薬学部教授などを経て、14年3月より現職。著書に『身近なクスリの効くしくみ』(技術評論社、2010)など。愛称はエディ。

 子どもの頃は、母親が「ちちんぷいぷい」と撫でるだけで、不思議と痛みが消えたものだ。だが大人となった今、「痛みには鎮痛薬」と、すぐに薬に手が伸びてしまう。もっとも、薬剤には有効成分によらない“症状を改善する効果”も含まれている。これを「プラセボ効果」と呼び、医薬品の効果の一部として認めざるを得ないことは、治験で実薬群への対照にプラセボ群が必要なことからも皆が納得するところだろう。

 今回でこの連載も最終回。私たちの身体に備わるそもそもの仕組みの正体を覗き見るためにも、“おまじない”でもあるプラセボ効果についてまとめてみよう。

心身ともに効果が発現

 プラセボの語源は、「人を喜ばせる」という意味のラテン語。薬効は認められないが身体への効果がある物質として捉えられ、その効果は、飲み薬や医療行為などの結果として表れるが、それに関しての薬理学的な性質には起因しないものとして考えられてきたものだ。

 プラセボ効果という概念と呼称を広めたのは、米国ハーバード大学医学部の麻酔科医、ヘンリー・ビーチャー。1955年、米国の医学誌に彼が発表した『The Powerful Placebo』という論文により、広く認知されたとされる。ビーチャーは、プラセボにより身体的な効果も表れることから、単なる心理的な効果を超えた存在だと論じた。

 それから60年の歳月を経た現在もなお、プラセボ効果の全貌は明らかにされてはいない。とはいえ、今では多くの実例と、それを説明する幾つかの側面が見えてきている。

 プラセボ効果が最も強く表れる対象は「痛み」。手術後の傷の痛みに対してモルヒネとプラセボとの比較を行った例では、プラセボはモルヒネに対して8割程度(77%)の効果を示し、痛みの程度が激しいほどプラセボがよく効いたという。現代の病とされるうつ病も、プラセボによる症状緩和効果が大きいことが知られるものだ。

 また、関節炎患者を対象としてアスピリンや経口ステロイドなどの抗炎症作用を持つ薬剤の効果を調べた研究では、実薬とプラセボでほぼ同数の患者に効果があったと報告されている。効果には単に痛みの軽減だけではなく、食欲や睡眠の増進、排泄の促進、腫脹の減退も含まれた。食欲、睡眠、排泄は「痛みの軽減」の副次効果かもしれないが、腫脹は身体内での生化学反応に支配されるものだけに、プラセボには単なる心理的効果だけでなく身体にも反応を生じ得ると分かる。まさに、プラセボは「心身ともに効く」のだ。

 ちなみに、プラセボでは「効果」といえる“良い結果”のみならず「副作用」も生じ得る。これを「ノセボ(nocebo)効果」と呼ぶが、興味深いことに、抗ヒスタミン薬のプラセボで眠気が生じるといった、実薬で生じやすい副作用が生じることが多いと報告されている。

側坐核の活動性が関与

 プラセボ効果を左右する要因の一つが、錠剤の数や色など「プラセボ」という物質自体の性質。これは実薬の効果を下支えする性質でもあり、同じ成分でも効果が“ブランド性”に左右されるというデータもある。価格も影響し、鎮痛薬に関する検討では薬剤が高額なほど鎮痛効果が出やすかった。これは「効く」という暗示効果と「効いて欲しい」という期待効果を介して生じている現象として理解できるものだ。

 こうしたプラセボ効果を生じるメカニズムの一端には、脳の「側坐核」と呼ばれる部位が深く関与することが分かってきている。

 側坐核の活動性はドパミン量と関連が深く、実際にこの部位のドパミン分泌量を測定すると、薬剤の鎮痛効果に対する期待が大きいほど分泌量も多く、痛みの緩和を強く感じた者ほどプラセボ投与時に側坐核の活動性が高くなっていた。一方で、金銭的報酬への期待により側坐核が大きく活動した者ほど、プラセボの有効性についても高い期待を示したのだという。

 側坐核は「報酬系」の神経ネットワークの中心をなす脳部位。報酬と聞いてイメージする物事は人それぞれで、昇給や金品、スイーツなどが浮かびやすいが、褒め言葉やねぎらいの言葉なんかも対象になる。現実世界には多様な報酬が並んではいるが、全ての報酬が、脳の中では報酬系ネットワークの活動になり変わる。そして、「もうすぐ報酬が手に入る」と期待しているときにこのネットワークの活動性は高まる。しかも、笑顔や気遣いの言葉によっても活動することが知られているのだ。

 子どもが切り傷を作ると、よく母親が絆創膏を貼る。多くの場合、けがの治癒や痛みの消失は絆創膏そのものの効果ではなく、自然治癒によるものだ。しかし、子どもには絆創膏が、痛みを無くしてくれる魔法のシールになる。そして、この“おまじない”効果は、「いつも貼ってくれる人」でなくては表れないという。

 それならば、「いつもの“おまじない”をかけてくれる」薬剤師の存在は、プラセボ効果としては強力。薬局で親切な服薬指導や笑顔での対応をされたという経験は、患者の回復を大きく助けるものになるに違いない。これも「かかりつけ薬局」の必要性といえまいか。薬での治療に直接的に関わる薬剤師の存在は、病気の治療にとってはなくてはならないものであることを胸に留めて、患者に向き合っていこうではないか。

本連載は今月号で終了します。長らくのご愛読、ありがとうございました。

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