名郷直樹 今回紹介するCASE-J(Candesartan Antihypertensive Survival Evaluation in Japan)は、高リスクの高血圧患者を対象に、アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)であるカンデサルタンシレキセチル(商品名ブロプレス他)と、カルシウム拮抗薬(CCB)であるアムロジピンベシル酸塩(アムロジン、ノルバスク他)とを比較したランダム化比較試験(RCT)である。 CASE-Jはオープン試験、つまり、薬を出す医師側も、服用する患者側も、患者がどちらの群に割り付けられたかを知っているというデザインだった。 割り付けがマスクされていないことは、結果の正確さをゆがめる原因になり得る。例えば、主治医がカンデサルタン群の効果が高くなることを期待していれば、アムロジピン群でより熱心に“イベントの発生”を調べるかもしれない。こうしたバイアスの影響を減じるため、CASE-Jでは、アウトカム(複合イベント)を評価する人がマスク化された。このようなデザインのことをPROBE(prospective randomized open blinded end-point)法1)という。 PROBE法は、評価者がマスク化されているとはいえ、心不全や一過性脳虚血発作といった、(マスク化されていない)主治医の判断が関係するエンドポイントは適さないと考えられている。だがCASE-Jでは、これらも複合イベントの中に含まれていた。この点をまず押さえておきたい。 PROBE法におけるアウトカムの問題点については、やはりARBを用いたJikei Heart StudyやKYOTO HEART Study(共に論文が撤回済み)でも散々指摘されたので、ご承知の読者も多いだろう。 さて、肝心の結果だが、両群間に有意な差は見られなかった(ハザード比1.01、95%信頼区間0.79~1.28)。 だが、それで終わりではない。図1を見ると別の側面が見えてくる。 追跡24カ月時点で、アムロジピン群の約3.5%にイベントが発生した。カンデサルタン群の3.5%にイベントが起きたのは20カ月くらいの時点である。つまり、アムロジピンにより、3.5%の人にイベントが起こるまでの時間を、4カ月ほど先送りできたと読むこともできる。 ところが、カンデサルタン群の折れ線は、27カ月くらいから傾きが徐々に小さくなり、アムロジピン群と接近している。36カ月を超えるあたりからは、右端の42カ月時点まで、ほとんど重なっているように見える。この、ある意味で奇妙な折れ線を眺めていると、このままではカンデサルタンが負けてしまうという状況で、カンデサルタンを何とかしたいという意図が働いたのではないかという疑いを挟みたくもなってくる。 ここで注意してほしいのは、図の下に書いてあるリスク症例数(Number at Risk)である。リスク症例数とは、これからイベントを起こす可能性のある人数という意味で、割り付けられた当初の人数から、既にイベントを起こしてしまった人、研究期間終了に伴い追跡が終了した人、何らかの理由から途中で脱落した人を除いた人数を指す。 リスク症例数は当然ながら、追跡期間が長くなるほど減っていく。だが、その減り方が問題である。図1を見ると、両群とも36カ月時点でリスク症例数が2000人を切っており、10%以上減っていることが分かる。42カ月時点ではそこからさらに半減している。これは試験からの脱落と当初の患者組み入れがなかなか進まなかったことを反映している。 イベント発症率(5.7%)を超える脱落があったことは大きな問題である。さらに、当初の組み入れ人数が少ないことが、長期の追跡者において極端な結果をもたらした可能性があり、この試験の大きな問題の一つである。そのため2群が全く重なっているように見える36カ月以降の長期間の追跡データの解釈には注意を要する。 ところで、CASE-Jの結果は、論文発表の前に、2006年の国際高血圧学会(ISH)で発表されていた。ISH発表データでは、図1の右端は、42カ月よりさらに先の48カ月まであったという。 今年に入って、論文発表データとISH発表データが異なるのではないかという点を含む疑義が投稿された2)。その後、ブロプレスの製造販売元の武田薬品工業は、ISH終了後の07年1月からISH発表データを用いてプロモーション活動を行っていたところ、08年に論文が発表されて以後も、ISH発表データを論文発表データに切り替えていなかったことを公表した3)。 上記のように、リスク症例数が分かれば、正しい解釈ができるのだが、パンフレット等にはリスク症例数の数値が省かれていることもままある4)。論文に立ち返って批判的吟味をすることが重要であることを示す好例といえるだろう。 CASE-J関連で、もう一つ別の論文を紹介しよう。CASE-Jの参加者を、試験開始時点の糖尿病の有無、および体格指数(BMI)で層別化して検討した論文5)である。BMIが27.5kg/m2以上の患者に限ると、総死亡、新規の糖尿病発症のいずれも、カンデサルタン群で有意に少ないという結果だった。 ただ、このサブグループ解析の結果をもって、「肥満の人では、カンデサルタンにより、新規の糖尿病発生を減らせる」という仮説が検証されたと考えるのは危険だ。そうではなく、この解析によって新たな仮説が生成されたと考えるべきである。そして、この仮説を一次エンドポイントとした臨床試験を実施して改めて検証すべきである。 参考文献 (本コラムは隔月で掲載します。)
武蔵国分寺公園クリニック(東京都国分寺市)院長
1986年自治医科大学医学部卒業。東京北社会保険病院(東京都北区)臨床研修センター長などを経て2011年に開業。エビデンスに基づく医療(EBM)の考え方を日本でいち早く取り入れ、普及に努めてきた。著書も多数。CMEC-TVでもEBM情報を配信中。
PROBE法でのアウトカム
リスク症例数に着目
サブグループ解析の解釈
2)Yui Y. eLetter Hypertension 2014(http://hyper.ahajournals.org/content/51/2/393/reply)
3)武田薬品工業プレスリリース(2014年4月3日、http://www.takeda.co.jp/news/2014/20140403_6277.html)
4)南郷栄秀. 日経ドラッグインフォメーション 2013年7月号PE15-18.
5)Nakao K, et al. Hypertension Res. 2010;33:600-6.
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