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漢方のエッセンス
柴胡加竜骨牡蛎湯
日経DI2014年10月号

2014/10/10

日経ドラッグインフォメーション 2014年10月号 No.204

講師:幸井 俊高
漢方薬局「薬石花房 幸福薬局」代表
東京大学薬学部および北京中医薬大学卒業、米ジョージ・ワシントン大学経営大学院修了。中医師、薬剤師。

 漢方薬の原料となる生薬の多くは、木の根や葉といった植物だが、それ以外のものも使う。柴胡加竜骨牡蛎湯に配合される竜骨は、古代の鹿、象、マンモスなど大型脊椎動物の骨格の化石であり、牡蛎はカキ(牡蠣)の貝殻である。本方は、これら草木より重い生薬を使って気を鎮め、精神を安定させ、落ち着かせる処方である。

どんな人に効きますか

 柴胡加竜骨牡蛎湯は、「肝鬱気滞、心肝火旺、脾気虚、痰湿」証を改善する処方である。

 五臓の一つである肝(かん)は、体の諸機能や情緒、血流を調節(疏泄:そせつ)する臓腑である。自律神経系や情緒の安定、気血の流れと深い関係にある。この肝の気(肝気)の流れが鬱滞している証を、「肝鬱気滞」という。伸びやかな疏泄ができず、刺激に対する反応が敏感になり、緊張しやすくなる。いらいら、憂鬱、情緒不安定、胸脇部が張って苦しい(胸脇苦満)、筋肉の引きつりなどの症状がみられる。

 肝鬱気滞が続いたり、あるいは強いストレスや激しい感情の起伏などで肝気が失調したりすると、肝気の流れが鬱滞して熱を帯び、「肝火」証になる。肝鬱気滞でみられる症状のほかに、いらいら、怒りっぽい、ヒステリー、不眠、顔面紅潮などの熱証もみられる。

 一方、五臓の心(しん)は、人間の意識や思惟など、高次の精神活動(神志:しんし)をつかさどる臓腑である。心が過度の刺激を受けるなどして、機能が乱され熱を帯びると、「心火」証になる。胸部や腹部で動悸を感じる、じっとしていられない、焦りを感じる、不安で落ち着かない、驚きやすい、悶々として目がさえて眠れない、夢をよく見る、のぼせ、顔面紅潮などの症候が生じる。そして心火と肝火が同時にみられるのが「心肝火旺」証である。

 このような神経系の興奮(心肝火旺)や緊張(肝鬱気滞)が続くと、胃腸が硬くなって消化吸収機能が悪化する。これが、五臓の脾の機能が低下した「脾気虚」証である。水分の吸収・排泄機能も衰えるので、消化物が体内に停滞し「痰湿」となる。疲れやすい、食欲不振、吐き気、腹部膨満感などの症状が表れる。

 以上の証は、脳や中枢神経系が興奮状態にあり、自律神経が緊張している状態に相当する。風船がパンパンに膨らみ、ちょっと爪を立てただけでも大きな音を立てて破裂してしまうような、神経過敏で不安定な状態に似ている。ちょっとしたことで驚きやすい、どきどきするといった症状のほか、手足が震えやすい、人と話すのが苦手、冷や汗が出やすいなどの症候もみられる。

 舌は赤く(心肝火旺の舌象)、黄色い舌苔(熱証の舌象)が、ややべっとりと付着(痰湿の舌象)している。

 臨床応用範囲は、肝鬱気滞、心肝火旺、脾気虚、痰湿の症候を呈する疾患で、自律神経失調症、不安神経症、強迫神経症、対人恐怖症、心臓神経症、頻脈、不眠症、更年期障害、統合失調症、高血圧症、動脈硬化症、甲状腺機能亢進症、勃起不全、脱毛症などである。

どんな処方ですか

 配合生薬は、柴胡、竜骨、牡蛎、茯苓(ぶくりょう)、黄ごん(おうごん)、桂枝、半夏(はんげ)、人参、生姜(しょうきょう)、大棗(たいそう)、大黄(だいおう)の十一味である。小柴胡湯から甘草を除き、竜骨、牡蛎、茯苓、桂枝、大黄が配合された組成だ。

 君薬の柴胡は、肝鬱気滞を解く作用(疏肝解鬱[そかんげうつ])が強い。清熱作用もあり、肝火旺を冷ます(清肝瀉火[せいかんしゃか])。解表作用もあり、胸脇苦満や往来寒熱1)(おうらいかんねつ)にも有効である(和解半表半裏2))。

 臣薬の竜骨と牡蛎には、精神を安定させて鎮静する作用(安神:あんじん)がある。驚きやすい、動悸、不眠にも効果がある(鎮心寧神[ちんしんねいじん])。止汗作用もある。竜骨は臍下の動悸に、牡蛎は胸腹の動悸に有効である。両者を同時に使い、鎮静作用を高める場合が多い。同じく臣薬の茯苓にも鎮静、安神作用があり、動悸を和らげる。さらに水湿を除去し(利湿)、脾気を高める(健脾)。

 佐薬の黄ごんには清熱作用があり、柴胡と協力して熱邪を冷まし、自律神経系の緊張を緩和、鎮静する。肝臓を保護する働きもある。同じく佐薬の桂枝は、陽気の流れを改善(通陽)して気を降ろし、体を温め(温陽)、痰飲を除去する。茯苓の利湿作用と桂枝の通陽作用は、両者の配合により互いに強められる。五苓散や苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)、桂枝茯苓丸にもみられる組み合わせである。半夏と生姜は、胃に働き掛けて痰飲を除去し(化痰)、嘔吐を止める(止嘔)。鎮咳作用もある。同じく佐薬の人参と大棗は脾気虚を改善する(補気健脾)。

 生姜と大棗は使薬としても働き、脾胃の機能を調えつつ(健脾)、諸薬の薬性を調和する。大黄は熱証を冷ます(清熱瀉火)と同時に、瀉下する。

 以上、柴胡加竜骨牡蛎湯の効能を「疏肝解鬱、清熱安神、補気健脾、化痰止嘔」という。パンパンに膨らんだ風船(肝鬱気滞、心肝火旺、痰湿)の緊張状態を、疏肝解鬱、清熱安神、化痰止嘔作用で緩めていく。緊張で硬くなって機能しなくなった胃腸を、補気健脾作用でもみほぐして回復させる。肝、心、脾の病邪を発散して興奮や緊張を鎮静し、体調を安定させる。

 いらいら、憂鬱など、肝鬱気滞が強ければ、四逆散を併用する。ふるえ、痙攣を伴う場合は、釣藤散などを合わせる。熱証が強いときは、黄連解毒湯を合わせ飲む。心肝火旺が慢性化している場合は、火邪が陰液3)を消耗しやすいので、六味地黄丸など、陰液を補う処方を合方する。

 出典は『傷寒論』である。原方では鉛丹(酸化鉛)を配合するが、鉛に毒性があるので近年は省かれている4)

こんな患者さんに…【1】

「高血圧です。動悸、息切れが気になります」

 肩と首が凝る。いらいらしやすい。痰が多い。肥満体型で、黄色い舌苔がべっとりと舌に付いている。心肝火旺、痰湿とみて本方を使用。2カ月後には動悸、息切れがほぼなくなった。半年後には降圧薬が不要となった。

こんな患者さんに…【2】

「円形脱毛症です。頭部に数カ所、脱毛部があります」

 強いストレスを感じている。寝付きが悪く、物音などで目覚めやすい。動悸がある。肝鬱気滞、心肝火旺とみて本方を使用。1カ月後に産毛(うぶげ)が生えてきて次第に黒くなり、8カ月で脱毛部はほぼ目立たなくなった。

用語解説

1)往来寒熱とは、悪寒と熱感を繰り返す症状。
2)病邪が体に侵入しかけている病気の初期の段階を表証、完全に体内に侵入した状態を裏証という。解表とは、表証の病邪を除去すること。半表半裏はその侵入途中段階の証で、柴胡にはそれを改善(和解)する力がある。
3)陰液とは、人体の構成成分のうち、血(けつ)・津液(しんえき)・精(せい)を指す。血は血液や栄養、津液は正常な体液、精は腎に蓄えられる生命の源のこと。
4)中国では鉛丹を代赭石などで代用する場合もある。また傷寒論には伝本が幾つもあり、各版において本方の薬味に違いがあり、例えば黄ごんを配合しない版もある。本稿では最も一般的な処方について解説した。

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