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薬理のコトバ
ファビピラビル
日経DI2014年10月号

2014/10/10

日経ドラッグインフォメーション 2014年10月号 No.204

講師:枝川 義邦
早稲田大学研究戦略センター教授。1998年東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了。博士(薬学)。薬剤師。07年に早稲田大学ビジネススクール修了。経営学修士(MBA)。名古屋大学環境医学研究所助手、日本大学薬学部助手、早稲田大学高等研究所准教授、帝京平成大学薬学部教授などを経て、14年3月より現職。著書に『身近なクスリの効くしくみ』(技術評論社、2010)など。愛称はエディ。

 今年の夏は感染症がよく話題に上った。世界的にはエボラ出血熱、国内でもデング熱など、ウイルス感染への不安は枚挙にいとまがない。人類は、ウイルスの脅威の中で暮らしてきたともいえる。

 今回は、今年3月に日本で条件付きの製造販売承認がなされ、最近話題のエボラ出血熱への効果も期待される、インフルエンザ治療薬のファビピラビル(商品名アビガン)について取り上げる。ただし、同薬はまだインタビューフォームも発行されていない段階。まずはどのような薬剤なのか、概要をまとめてみたい。

RNAポリメラーゼを阻害

 ファビピラビルは、日本企業がインフルエンザ治療薬として開発した抗ウイルス薬。既存のインフルエンザ治療薬とは全く異なるメカニズムで作用するため、既存薬に耐性を持ったウイルスや新型インフルエンザウイルスの大流行(パンデミック)を鎮圧する切り札として期待される薬剤だ。

 感染症の主な原因となる細菌とウイルスの大きな違いは、単独で自己複製できるかどうか。ウイルスは単独では自己複製できないが、動植物の細胞などを宿主として乗り込み、宿主が備える複製能を使って増殖する、実に巧妙な“フリーライダー”(ただ乗りする者)だ。抗ウイルス薬は、この増殖過程を阻害することで効果を発揮する。

 インフルエンザウイルスの場合、増殖は4ステップで進む。(1)宿主の細胞に吸着して侵入、(2)自身の遺伝子を細胞内へ放出(脱殻)、(3)細胞の遺伝子複製機構を使って自身の遺伝子を複製、(4)複製された遺伝子を外殻で覆って細胞外に放出─という流れだ。オセルタミビルリン酸塩(タミフル)やラニナミビルオクタン酸エステル(イナビル)など、既存のインフルエンザ治療薬の大半は、(4)のステップで働くノイラミニダーゼという酵素を阻害する。これに対し、ファビピラビルが作用するのは(3)のステップだ。

 ウイルスは遺伝子としてDNAを持つものとRNAを持つものがあり、インフルエンザウイルスの遺伝子はRNA。その複製、つまり(3)のステップには、RNAポリメラーゼという酵素が関わっている。ファビピラビルはRNAポリメラーゼの阻害薬で、RNAを形作る核酸のうちプリン系核酸と構造が類似しており、プリン系核酸に成り代わってRNAポリメラーゼに取り込まれることでウイルス遺伝子の複製を妨げる。

 ノイラミニダーゼ阻害薬はインフルエンザの発症早期に使用しないとあまり効果が出ないが、これはウイルスの細胞外への拡散を防ぐよう作用するため。既に増殖し拡散した後で使用しても、封じ込め効果は得にくい。対してファビピラビルはウイルス遺伝子の複製自体を抑制するので、発症からある程度時間が経過してからの服用でも有効だ。ノイラミニダーゼ阻害薬への耐性ウイルスや、鳥インフルエンザウイルス(H5N1およびH7N9)に対する増殖抑制効果も確認されている。

 ただし、承認用量をインフルエンザ治療に用いた場合の有効性や安全性はまだ確認されておらず、現時点では“原則製造禁止”。パンデミック時など、厚生労働省が要請した際にのみ製造できる「条件付きの承認」になっていることを知っておきたい。

 なお、RNAポリメラーゼは私たちの細胞で重要な働きをしている酵素で、これを阻害すると細胞の正常な増殖も妨げられる恐れがある。特に胎児への影響が懸念され、動物実験で催奇形性が認められたため、妊婦および妊娠の可能性のある女性への投与は禁忌。さらに男性でも、投与期間中および投与終了後7日間は、なるべく性交を行わないことが推奨されている。

幅広いウイルスに有効か

 さて、ファビピラビルは、エボラ出血熱の治療薬候補となったことで世界的に注目されている。エボラウイルスに感染させたマウスで有効性が確認され、致死率を0%にまで下げたという。錠剤ゆえに、感染拡大地域への輸送や保存が常温でも可能だということも大きな利点で、14年9月現在、サルでの動物実験が進行中だ。

 インフルエンザウイルスをターゲットに開発されたファビピラビルが、どうしてエボラウイルスにも効果が期待できるのだろうか。その秘密は、ウイルス遺伝子の構造の類似性にある。

 インフルエンザウイルスもエボラウイルスも、RNAを遺伝子として持つ「RNAウイルス」だ。RNAは長く伸びるので、その構造をRNA鎖と呼ぶことが多いが、RNAウイルスには、遺伝子としてRNA鎖を1本持つ「1本鎖RNAウイルス」と2本持つ「2本鎖RNAウイルス」がある。1本鎖RNAウイルスは、さらに(+)と(-)とに分けられる。そして、インフルエンザウイルスとエボラウイルスの遺伝子はどちらも1本鎖(-)RNAと、両者よく似た構造なのだ。

 もっとも、他の1本鎖RNAウイルスのノロウイルスやC型肝炎ウイルス、RSウイルスにも効果が認められたといわれていることから、日本オリジナルの薬ファビピラビルが広範なウイルス群への作用を持つことが期待される。構造式にあるピラジン環も、なんとなく「日の丸」を掲げているようではないか。日本の美しい秋を堪能しつつ、日本発の新薬が難敵に立ち向かう明るいニュースを楽しみにしていよう。

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