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漢方のエッセンス
香砂六君子湯
漢方のエッセンス

2014/08/10

日経ドラッグインフォメーション 2014年8月号 No.202

講師:幸井 俊高
漢方薬局「薬石花房 幸福薬局」代表
東京大学薬学部および北京中医薬大学卒業、米ジョージ・ワシントン大学経営大学院修了。中医師、薬剤師。

 香砂六君子湯は、「補気健脾、理気化痰」証を改善する六君子湯に、「香砂」が加わった処方である。「砂」は縮砂(しゅくしゃ)、「香」は木香(もっこう)などの生薬で、これらが加味されることにより、六君子湯の理気作用が強められたのが、本方である。

どんな人に効きますか

 香砂六君子湯は、「脾胃気虚、痰阻気滞」証を改善する処方である。

 この証の基本にあるのは「脾胃気虚」証である。胃は六腑の一つであり、飲食物を受け入れ(受納)、消化し(腐熟)、食べた物を人体に有用な形に変化させる1)。脾は五臓の一つであり、それを吸収して気血2)を生成し、全身に輸送していく(運化)3)。こうした脾胃の機能低下により気血が不足している体質が脾胃気虚証である。

 脾胃気虚証の人は、気血が不足しているので元気がなく、疲れやすい。手足がだるく、気力に欠ける。声に力がなく、口数が少なく、息切れしやすい。顔色は白い。

 脾胃気虚になると、運化・受納機能が低下するため、飲食物から生じる湿濁4)が消化器官内にたまりやすくなる。その結果、体内に痰湿(たんしつ)5)が生まれる。さらに、痰湿が気のスムーズな流れを阻害し、気の流れが滞り、「痰阻気滞」証となる。

 痰湿が消化器官内にたまり、気の流れが鬱滞していると、上腹部のつかえや膨満感(痞証[ひしょう])、腹満感を伴う痛み(張痛)、胸部の苦しさや閉塞感(胸悶)、悪心、嘔吐、食欲不振、腹痛、軟便、下痢などが表れる。味覚障害、手足の重だるさ、むくみ、帯下の増加が生じる場合もある。舌の色は白っぽく、その上に白い舌苔が付着する。舌苔はべっとりとしていることが多い。

 本方が適応する証は、脾胃気虚という虚証が根本にあり、それが原因となって痰阻気滞という実証が生じている証である(本虚標実)6)。消化吸収機能が低下して体内に痰湿が生じ、その痰湿の停滞が原因で気の流れが悪化して、諸症状が生じるのである。気の不足(気虚)と気の滞り(気滞)の両方が存在するのが特徴である。

 臨床応用範囲は、脾胃気虚、痰阻気滞の症候を呈する疾患で、慢性胃炎、胃・十二指腸潰瘍、逆流性食道炎、神経性胃炎、胃下垂、胃アトニー、消化不良、慢性腸炎、慢性肝炎、慢性膵炎、低血圧症などである。

どんな処方ですか

 配合生薬は、人参、白朮(びゃくじゅつ)、茯苓(ぶくりょう)、甘草、半夏、陳皮、生姜、大棗(たいそう)、木香、縮砂の十味である。四君子湯(人参、白朮、茯苓、甘草)に二陳湯(半夏、陳皮、茯苓、甘草、生姜)を合わせて六君子湯とし、さらに木香と縮砂を加味した組成となっている。

 君薬の人参は脾胃の機能を高め、気を補う(益気健脾)。臣薬の白朮は健脾と同時に湿邪を除去し(燥湿)、人参の補気作用を強める。半夏は痰湿を除去し(燥湿化痰)、胃気の逆上を緩和(降逆和胃)、鎮咳作用もある。

 佐薬の茯苓は健脾燥湿し、白朮との組み合わせにより健脾きょ湿の力を強め、痰の生成を抑える。止瀉にも働く。陳皮は燥湿きょ痰して半夏を助け、気を巡らせて痰を消失させる。甘草は使薬として脾胃の機能を調えて気を補いつつ(益気和中)、諸薬の薬性を調和する。生姜と大棗も脾胃の機能を調える。生姜には半夏の毒性7)を制する働きもある。

 木香は気滞を散じ(行気)、腸の蠕動運動を促して消化吸収を助け、整腸してガスの腸内停滞や腹痛を緩和する。縮砂は脾胃を温めて気滞を解消する(温中行気)。制吐、健胃作用があり、木香同様に蠕動を強めて膨満感などを解消させる。木香と縮砂を併せると、行気止痛、健胃作用が強まる。

 以上、香砂六君子湯の効能を「益気化痰、行気温中」という。四君子湯が脾胃の気を補って根本的な脾胃気虚を治し(本治)、二陳湯が痰湿を除去し、木香と縮砂で行気温中して気滞を除去する(標治)8)。本方は本虚と標実を共に改善する名方である(攻補兼施)。

 また、補気(気を補う)と行気(気を巡らす)の両方を担うのも特徴である。木香の代わりにかっ香(かっこう)や香附子(こうぶし)が使われる場合もある。

 各種処方の使い分けについては、四君子湯が純粋に気を補って本治するのに対し、六君子湯には燥湿理気化痰の力が加わって標治する作用が生まれ、香砂六君子湯はさらに行気作用が強まり、温中作用も加わっている。病名にとらわれず、胃もたれ、みぞおちのつかえ、吐き気、胸部の閉塞感、上腹部のつかえや膨満感など、症状を見極めて証を正確に判断し、処方を決めることが大切である。

 胸脇部の痛みや不快感があれば四逆散を併用する。腹部が冷えて痛い場合は人参湯を合わせる。また、香砂六君子湯は六君子湯と比べて燥性が強いので、陰虚証9)には使わない。

 出典は六君子湯と同じく12世紀(宗代)に編纂された中国の処方集『和剤局方』である10)

こんな患者さんに…【1】

「胃に膨満感や痛みがあります。吐き気もあります」

 検査の結果、軽い胃潰瘍とのことでピロリ菌の除菌をしたが、症状はあまり改善しない。ストレスが掛かると症状が悪化する。脾胃気虚、痰阻気滞とみて本方を使用。約1年間の服用で完治した。なお、吐き気が強い場合は少量ずつ分服させる。

こんな患者さんに…【2】

「不眠症です。憂鬱で不安で、なかなか寝付けません」

 胃のつかえ感があり、すっきりしない。食欲不振で、体がだるい。病院で抗うつ薬を処方されたが無効であった。

 脾胃気虚、痰阻気滞とみて本方を使用。3カ月ほどで、ぐっすり眠れるようになった。本方は脾気虚と気滞を持つ患者に効く方剤であり、病名に惑わされずに証を判断し、処方を選択したい。

用語解説

1)胃は受納、腐熟のほか、飲食物の有用な部分(清)を脾に渡した後、残りかす(濁)を小腸・大腸に降ろす「降濁」機能も持つ。
2)「気」はあらゆる生理機能の源となるエネルギー、生命力に相当する。元気、やる気の「気」。「血(けつ)」は生命活動に必要な栄養。血液のみを意味するのではない。
3)運化は脾の最も重要な機能。胃の降濁に対し、「清」を肺に持ち上げるので、脾の「昇清」機能という。
4)飲食物の「濁」は湿っぽい。これが健康を害する要因となっている場合、湿濁と呼ぶ。
5)「痰湿」は、水液代謝の病理産物のこと。水液の代謝が正常に行われないため、水液が滞留して生じる。正常な水液は人体に必要な基本物質(津液[しんえき])であるが、それが停滞して貯留すると痰湿となり、人体の正常な生理活動を妨げて、心身に好ましくない症状が表れることになる。
6)本虚標実とは、本質的に体質が虚となっているところに、病邪が表面化し存在している証。体質を強化しつつ、病邪を除去して病気を根治していく(扶正きょ邪)。
7)生の半夏には催吐・咽喉刺激・失声・嗄声などの弱い毒性がある。これらは生姜と合わせ煎じると消失し、制吐作用が残る。
8)「本」は根本的な病気の原因、「標」は実際に外に表れる症状。本虚の治療を「本治」、標実の治療を「標治」という。
9)陰虚証とは、陰液が不足している体質。陰液とは、人体の構成成分のうち血・津液・精を指す。精は、腎に蓄えられる生命の源。
10)別の古典を出典とする場合もある。

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