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薬理のコトバ
アコチアミド
日経DI2014年8月号

2014/08/10

日経ドラッグインフォメーション 2014年8月号 No.202

講師:枝川 義邦
早稲田大学研究戦略センター教授。1998年東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了。博士(薬学)。薬剤師。07年に早稲田大学ビジネススクール修了。経営学修士(MBA)。名古屋大学環境医学研究所助手、日本大学薬学部助手、早稲田大学高等研究所准教授、帝京平成大学薬学部教授などを経て、14年3月より現職。著書に『身近なクスリの効くしくみ』(技術評論社、2010)など。愛称はエディ。

 何か悪い物を食べたわけでもないのに、断続的に胃が痛む。食事を食べ始めるとすぐに満腹になってしまい、食後は胃がもたれる─。機能性ディスペプシア(functional dyspepsia:FD)は、こんなやっかいな上腹部症状をもたらす疾患だ。

 「機能性」ゆえに器質性の疾患とは異なり、内視鏡などの検査では異常を認めない。そのため、臨床では「慢性胃炎」として対症療法が行われてきた。だが、2013年6月にFDを適応症とするアコチアミド塩酸塩水和物(商品名アコファイド)が発売され、14年4月にFDの診療ガイドライン(日本消化器病学会『機能性消化管疾患診療ガイドライン2014―機能性ディスペプシア(FD)』)が発行されたことで、FDをきちんと診断し治療しようとする機運が高まっているという。今回は、新しい疾患概念のFDと、現時点で唯一、FDに適応を持つ治療薬のアコチアミドについてまとめてみよう。

胃の運動や知覚に異常

 現在わが国では、推定1000万人が慢性胃炎で苦しんでいるとされる。また、胃痛や胃もたれ、胸やけなどの有病率を調べた調査では、4人に1人は少なくとも3カ月に1度、このような上腹部愁訴を経験しているともいう。

 ただ、多くはヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)への感染が原因の「ピロリ胃炎」によるもの。日本消化器病学会のガイドラインでは、上腹部愁訴があり、潰瘍や癌などの器質的疾患やピロリ胃炎ではない疾患がFDと定義された。つまり、これまで一くくりに慢性胃炎としてきた疾患を、ピロリ胃炎とFDに明確に分けたわけだ。慢性胃炎に占めるFDの割合は2割程度とされるが、母数が大きいだけに軽視はできない。

 FDの主な症状は、(1)食後のもたれ感、(2)早期飽満感(少し食べただけですぐにお腹がいっぱいに感じる症状)、(3)心窩部痛(みぞおちの辺りの痛み)、(4)心窩部灼熱感(みぞおちの辺りに起こる熱感を伴う不快感)─の4つ。これらの症状が表れるパターンによって、FDの病型は次の2つに分類される。(1)(2)を少なくとも週に4回、通常量の食事でも生じる場合を食後愁訴症候群(PDS)、心窩部に限局した中等度の(3)(4)の症状が少なくとも週に1回生じ、排便や放屁によって軽快しない場合を心窩部痛症候群(EPS)とする分類だ。

 このうちPDSは、胃の運動機能の低下が主因と考えられている。胃の運動は、貯留・撹拌・排出という3つの複雑な要素が魔法を掛けたかのようにスムーズに連携している。正常な胃では、食べ物が入ってくると上部を広げて貯留させる。そして、蠕動運動によって食べた物と胃液を撹拌して消化を進め、粥状にしてから十二指腸へ排出する。これらの動きのうち、貯留に不具合が生じると早期飽満感を来し、排出の不具合は胃もたれにつながる。

 また、胃の内部が知覚過敏になることも、FDの症状と密接に関わっている。知覚過敏があると、正常な量の胃酸に対しても過剰な痛みや灼熱感などを感じるようになり、EPSの諸症状が生じてくる。さらに、刺激に対する感受性が上昇するため、少量の食べ物が胃に入るだけで早期飽満感が引き起こされ、排出の遅延による胃もたれも強く感じやすくなると考えられている。

コリンを強めて胃運動改善

 このFDに対する唯一の専用薬となるのがアコチアミド。コリンエステラーゼを阻害してアセチルコリンの分解を抑制することで、胃の正常な運動機能を取り戻す薬だ。

 胃の運動は、食事をしたときに副交感神経から分泌されるアセチルコリンによって起こる。アセチルコリンが平滑筋のムスカリン受容体(主にM3受容体)に結合することで、胃の収縮や胃酸の分泌が生じる。しかしFD患者では、心理的ストレスなどによりアセチルコリンの分泌能が弱まり、胃の運動機能が低下している。そのために起こる諸症状に、コリンエステラーゼ阻害薬のアコチアミドが奏功するわけだ。

 アコチアミドでは、FDの症状のうち、心窩部痛や心窩部灼熱感に対する有効性は確認されていない。胃を「動かす」作用により食べたものを効率良く送り出す運動機能改善薬なので、効果は胃もたれ感や早期飽満感といったPDSを特徴付ける症状に限られるのだ。実際、適応症も「機能性ディスペプシアにおける食後膨満感、上腹部膨満感、早期満腹感」となっている。

 面白いことに、比較試験ではプラセボ群に割り付けられた被験者でも、症状の改善が3割程度に認められたという。FD患者で見られるアセチルコリンの分泌低下に、心理的なストレスが与える影響が大きいということだろうか。

 なお、アコチアミドがM3受容体を活性化する作用は、胃の運動だけでなく胃酸の分泌も盛んにする。ただし、ラットを用いた試験では、大量投与でも一時的に胃酸分泌促進が認められるのみだった。FD治療を目的とした用量では、持続的な胃酸分泌促進作用はないと考えてよさそうだ。

 「食べた物をきちんと送る」という胃の運動は、正常な身体の機能として当たり前のものなのだが、それだけに、健常時には意識されずにいることがままある。盛夏の味覚を堪能するためにも、身体の仕組みの一つとして、今一度、きちんと意識を向けていきたいものだ。

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