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薬理のコトバ
Vol.34   認知症治療薬認知症治療薬
日経DI2014年7月号

2014/07/10

日経ドラッグインフォメーション 2014年7月号 No.201

講師:枝川 義邦
早稲田大学研究戦略センター教授。1998年東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了。博士(薬学)。薬剤師。07年に早稲田大学ビジネススクール修了。経営学修士(MBA)。名古屋大学環境医学研究所助手、日本大学薬学部助手、早稲田大学高等研究所准教授、帝京平成大学薬学部教授などを経て、14年3月より現職。著書に『身近なクスリの効くしくみ』(技術評論社、2010)など。愛称はエディ。

 2012年に厚生労働省研究班が実施した認知症有病率調査によると、65歳以上の高齢者における認知症の推定患者数は約462万人。認知症の予備軍とされる軽度認知障害(MCI)を持つ人の推計数は約400万人で、合わせると高齢者の実に4人に1人が認知機能に障害を持つ計算になる。こんな調査結果を見せつけられると、まるで梅雨空の雲のように不安が垂れ込めてきて、心中穏やかではいられない。

 しかし、認知症の治療薬が登場し、ラインアップが増えたことは、認知症患者が晴れやかな日常を取り戻す一助となっているという。今回は、梅雨明けへの願いも込めて、認知症治療薬についてまとめてみよう。

2つの仮設に基づく薬

 認知症患者の半数はアルツハイマー型認知症(AD)で、その特徴の一つは進行性。脳内には「老人斑」と「神経原線維変化」と呼ばれる病変が見られる。

 老人斑とは、神経細胞から分泌されるアミロイドベータ蛋白質(Aβ)が神経細胞の外に沈着するもの。一方の神経原線維変化とは、リン酸化されたタウ蛋白質が細胞内に線維を作るものだ。これらが細胞機能の不具合を生じて、AD発症の引き金を引くと考えられている。

 ただし、臨床現場で現在使用されている認知症治療薬は、これらADの原因を治療するものではなく、ADによる認知障害に関与する神経伝達物質に作用する対症療法薬だ。これには「コリン仮説」と「グルタミン酸仮説」という、2つの仮説に基づいた薬剤がある。既承認の治療薬4剤のうち3剤は、コリン仮説に則ったものだ。

 コリン仮説とは、脳内のアセチルコリンが著しく減少することが認知障害を生じるとする考え方。アセチルコリンを分解する酵素のコリンエステラーゼを阻害する薬が実用化されており、日本ではドネペジル塩酸塩(商品名アリセプト他)、ガランタミン臭化水素酸塩(レミニール)と、リバスチグミンの貼付薬(イクセロン、リバスタッチ)が使用できる。これらは全て、アセチルコリンを分解させないことで、シナプスでの量を見かけ上増やす作用を持つ。情報を伝える信号を強めて、認知機能を“後押し”するように働く薬だ。

 老舗はドネペジル。後発のリバスチグミンは貼付薬なので、嚥下に不安のある高齢者にも使いやすい。また、コリンエステラーゼにはアセチルコリンエステラーゼとブチリルコリンエステラーゼがあり、リバスチグミンはその両者を阻害する作用を持つ。ADの脳内ではブチリルコリンに比重が傾いているという説もあることから、これがリバスチグミンの特徴にもなっている。

 そして、ガランタミンは、アセチルコリンエステラーゼ阻害作用に加えて、アセチルコリン受容体の活性化を増強させる作用も持つ。これにより、気分や意欲、記憶、快感覚を強くする効果が期待できる。

併用で相乗効果も

 もう一つの治療薬はグルタミン酸仮説によるもの。これは、脳内における興奮性情報の伝達物質グルタミン酸が関与しているとする考え方だ。

 グルタミン酸は、脳での情報伝達の主役。グルタミン酸の情報を受け取る受容体のうち、記憶に深く関連しているのは、海馬などに分布するN-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)受容体だ。この受容体を通じてカルシウムイオンが細胞内に流入するので、その量を最適化させることが、細胞機能を調節し、記憶を作る基盤となる。

 AD患者では、シナプス間隙において局所的にグルタミン酸量が多くなっており、さらに、AβがNMDA受容体に結合して受容体の立体構造を変化させることで、持続的に多量のカルシウムイオンが細胞内に流入するようになっている。その結果、細胞膜の電荷状態にノイズが生じ、きちんとした情報が流れてきてもノイズに埋もれて記憶が作られなくなる。これが、記憶障害の基になる病態メカニズムとされているものだ。

 カルシウムイオンの過剰流入が引き起こすもう一つの不具合が細胞死。ノイズと細胞死のどちらも、認知症の症状を進行させる。

 グルタミン酸仮説に基づく認知症治療薬が、NMDA受容体拮抗薬のメマンチン塩酸塩(メマリー)。NMDA受容体への結合力が緩やかなので、受容体の異常な活性化のみを防いで正常な情報伝達を生かすことで、記憶の取り戻しにつながる性質を持つ。

 メカニズムを異にする2剤の併用で相乗効果が得られることも分かってきた。例えば、ドネペジルとメマンチンを併用すると、海馬のアセチルコリン量は単剤投与時の“足し算”よりも増加するという。アセチルコリンを持つ神経細胞にあるNMDA受容体への拮抗作用が、神経の不具合を取り除いてアセチルコリンの増加をもたらすと考えられ、コリン仮説とグルタミン酸仮説、それぞれの基となるメカニズムが密接に関連していることがうかがえるものだ。

 開発中の化合物の状況からすると、しばらくはこの4剤体制となるのだそう。とはいえ、これからは日常生活でも晴れの日が多くなりそうだ。晴れやかに前向きな気分で老化を楽しむのも素敵ではないか。

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